【新型コロナ】シンガポールは日本に次ぐ感染者数 アジアの優等生が被害を拡大させた3つの誤り

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 これこそ、シンガポール政府ならびにリー首相が恐れていた展開であるかもしれない。彼の「コトを荒立てなくない」姿勢もまた、感染拡大を招いた理由のひとつだと考えるからだ。

 18年5月に、マレーシアが61年ぶりに政権交代を果たした今、シンガポールは65年の独立以来、アジアで最長となる一党独裁政権を維持している。その行く末を占う総選挙は、当初、今年3月に実施されると見られていた。

 前回2015年9月の総選挙こそ、建国の父にして現首相の父、リー・クアンユー氏の死去に伴う弔い選挙となり、苦戦が予測されていた最大与党の人民行動党(PAP)は「政治評論家などのメガネがずり落ちた」(シンガポール紙『聯合早報』)と報じられるほどの圧勝を手にした。だが現在では、外国人労働者の登用や日本より進む少子高齢化、格差社会などを理由に政権批判の声がかねてより上がっており、苦戦が予想されていた。2月18日に発表された2020年予算も、新型肺炎対策費は組まれたものの、昨年に続く赤字予算で緊縮財政だ。

 政府としてもコロナウイルスの脅威に早期に対策を行うことで、かえって“風評被害”を生むのを恐れたようだ。もしそうなれば、海外の投資家の信用を失うことにより、さらなる経済低迷を招きかねない。また事態の成行きを冷静に見守り、平静を保つことで、何事にも動じない政府の高い危機管理のガバナンス能力を国民に誇示したかったのではないか。

 結論からいえば、新型肺炎問題を受け、3月の選挙はひとまず“中止”になった。

「ウイルス問題が収束する今年の冬ごろか、来年の3月ぐらいになるのではないか」

 と与党関係者は読むが、選挙は遅くとも2021年4月までに実施しなければならない。実は昨秋の時点で、前倒しで実施されるとの憶測も流れていたのだが、この時は香港の民主化騒動を受けて実施されなかった。この時リー首相が、

「香港で起きていることがシンガポールで起きれば、シンガポールは破滅し、終わるだろう」

 と反政府の動きをチクリと制していたことからも、いかに政府が選挙にナーバスになっているかが分かるだろう。

 だが先述の通り、新型肺炎をめぐっては、メディアを規制しても国民の怒りの声はSNSを通じて世に噴出している。海外メディアが、新型コロナウイルスに対する“正しい”情報を発信している。すると「新型ウイルスはSARSほどの脅威はない」(リー首相)と静観を貫いていた政府は、2月7日になって、ウイルス感染影響の深刻度を「最高」から2番目のオレンジ色にアップ、SARSと同じレベルに引き上げたのだ。

 この発表を受け、スーパーマーケットには買い溜めに走る国民が殺到。トイレットペーパーやインスタントラーメン、缶詰などが、のきなみ売切れ御免となる事態となった。シンガポールを襲ったこの“空騒ぎ”は、空っぽになったスーパーマーケットの様子とともに、世界のメディアのヘッドラインを飾ることになった。

 パニックを受け、リー首相はさらに翌日の8日午後6時、以下のビデオメッセージを国民に伝えることとなった。

「インスタントラーメンやトイレットペーパーに走り買いしなくてもいい。備蓄は十分にあるので、平静を保ってほしい」

 ここでもまだ「何事にも動じない政府」を演出したかったのだろうか。

 これまでシンガポール国民が抱えてきた不満は、好調な経済によって打ち消されてきた部分がある。だが今や、米中貿易戦争で疲弊し、そこに新型肺炎が暗い影を落としている。冒頭で触れた“ゴーストエアポート”と化したチャンギ国際空港を視察したリー首相は、「(肺炎の影響は)数四半期はつづくだろう。景気後退(リセッション)も予測される」(2月14日)とこぼした。

 中国マネーへの執着、国営メディアに対する枷、さらには、総選挙を控え父が築いた王朝存亡への焦り……。今回の新型ウイルスの初動対策で後手に回り、深刻な被害を拡大させた“不都合な真実”は、この3つに集約されると言っていいだろう。

末永恵(すえなが・めぐみ)
マレーシア在住ジャーナリスト。マレーシア外国特派員記者クラブに所属。米国留学(米政府奨学金取得)後、産経新聞社入社。東京本社外信部、経済部記者として経済産業省、外務省、農水省などの記者クラブなどに所属。その後、独立しフリージャーナリストに。取材活動のほか、大阪大学特任准教授、マラヤ大学客員教授も歴任。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年2月27日掲載

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