蛭子能収さんに聞く バス旅降板の真相、太川陽介との仲、お金が欲しい理由……

エンタメ 芸能 2020年2月1日掲載

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 1月4日、「ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z」(テレビ東京)をご覧になった方の中には、やっぱり太川陽介(61)と蛭子能収(72)のコンビじゃないと……と思った方も少なくないのではないか。残念ながら、「太川蛭子の旅バラ」は昨年12月25日に最終回を迎えた。終了の理由は、「歩くのが辛い」という蛭子さんの希望……。とはいえ、彼が昨年10月に上梓した「死にたくない 一億総終活時代の人生観」(角川新書)には、《とにかく働いていれば調子がどんどん上向くタイプ》とある。真意はどこにあるのか――本人に聞いてみた。

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蛭子:あ、どうもどうも、すいません……。

――テレビで見る通り、小心者っぽい笑顔で、低姿勢の蛭子さんである。「旅バラ」を終えて、現在はどのような生活を?

蛭子:今は毎月、イラストを描いています。連載は月5本くらいです。漫画はほとんど書いてません(笑)。

――著書には、《漫画家・蛭子能収のストレスは漫画を描くこと》とある。

蛭子:そうなんですよね。だから好きじゃなかったというか……。

――アイデアが出てこないともあったが?

蛭子:昔は、夢で見たことを、起きたら鉛筆でメモして、それで書いていたことがありましたね。

――今は夢を見ない?

蛭子:ぐっすり寝てます。朝は7時頃起きて、夜10時には寝てます。布団に入ったらすぐ寝ます。今はもう、漫画を書くこと自体が辛くて。時間もかかるしね、書き上げると達成感はあるんだけど。テレビに出始めちゃうとね、テレビのほうが全然儲かるから……。

――“ヘタウマ”と呼ばれたことについては、どう思っているのか。

蛭子:いいネーミングだと思いますよ。だけど、オレの場合は、ただの下手なんだけど。

――人を殺したり、燃やしたり、残酷な作品も多かった。

蛭子:売れないから、他の人が書くような漫画じゃダメだと思って……。殺すなら、より残酷に。現実にいる人を悪者に仕立てて書くこともよくありましたね。でも、文句を言われても、これは漫画だし、何もあなたのことを書いたわけではない、と言えますから。

――そんな過激そうな漫画家がテレビに出てきたら、小心者っぽいおじさんだった。

蛭子:テレビに出たら漫画も売れると思ったら、かえって売れなくなっちゃった。編集者が言うには、作品とのギャップがあると。あんな漫画を書く人が、普通のおじさんだったので、ファンが離れたそうです。ただ、テレビ出演で収入は増えましたけどね(笑)。

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