少し多すぎやしないか5本の「医療ドラマ」と「東京五輪」のただならぬ関係

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5作品に類似性はないだけに…

 以下、放送中の医療ドラマ5作品と1月23日放送分までの平均視聴率である(ビデオリサーチ調べを基に算出、関東地区)
・月曜 テレビ東京「病院の治しかた~ドクター有原の挑戦~」(午後10時)8・1%
・火曜 TBS「恋はつづくよどこまでも」(午後10時)10・2%
・木曜 フジテレビ「アライブ がん専門医のカルテ」(午後10時)8・2%
・金曜 TBS「病室で念仏を唱えないでください」(午後10時)11・3%
・土曜 日本テレビ「トップナイフ―天才脳外科医の条件―」(午後10時)12・7%

 それぞれ見てみると、趣向を凝らしており、新しい医療ドラマを目指しているのが分かる。

「病院の治しかた」はメーンテーマが病院経営という異色作で、日本経済新聞社系列のテレ東らしい。「恋はつづくよどこまでも」の場合、同じ放送時間帯の秋ドラマ「G線上のあなたと私」から引き続き磯山晶さん(52)がチーフプロデューサーを務め、ポップで切ないラブコメディに仕上げられている。

「アライブ」は医療関係者たちが唸るほどリアル。また、これまでの医療ドラマは患者の救命が物語の軸だったが、「病室で念仏を唱えないでください」は患者に安らかに逝ってもらうこともテーマに加えており、新鮮だ。

「トップナイフ」は天海祐希(52)ら出演陣が抜群の安定感を誇る。チームワークは二の次で、個人技中心の脳外科を舞台に選んだのも面白い。

 同じ医療ドラマとはいえ、5作品に類似性はない。だからこそ、時期が重なってしまったのは惜しい。

 各局とも連続ドラマの主要出演者は放送の約1年前に決まり、前後して脚本家が固まり、約半年前までには概要が決定する。医療ドラマ5作品の関係者たちは約半年前になって他局の状況を知り、「まずい」と思ったのではないか。

 TBSは最初から納得の上で「恋はつづくよどこまでも」と「病室で念仏を唱えないでください」を並べたわけだが、よもや他局まで複数の医療ドラマを作るとは思っていなかったのだろう。それが分かった時、やはり関係者は表情を曇らせたはずだ。

 医療ドラマが急増してしまった理由はもう一つあるようだ。民放のドラマディレクターによると、「コストパフォーマンスがいい」。意外な気もするが、医療ドラマは安上がりなのだという。

 まず美術費が嵩まない。ロケに協力してもらえる病院を見つけて、手術室や医局、病室のセットを作ればいいのだから。凝ったセットをいくつも作ると、多額の費用がかかる。

 お仕事ドラマの場合、作品によってはロケ地がふんだんにあり、さらにセットも複数作らなくてはならないが、医療ドラマのロケ地は病院と街頭程度。医者たちが旅に出るという設定はまずない。作るのに手間と費用がかかるセットは手術室くらいなのだそうだ。

 衣裳もまた医療ドラマは面倒が少ない。ドラマの衣裳はほぼ100%借り物だが、アパレルメーカーに借りに行ったり、何着も洋服を用意して着替えたりするのには労力がかかる。だが、医療ドラマは大半の場面が白衣姿なので、時間も手間も省ける。

 対照的に美術費や衣装代が高いのが時代劇。そのせいもあり、民放からは連続時代劇が消えてしまった。

 では、連続ドラマの1話当たりの制作費はいくらかというと、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(日曜午後8時)が最も高く、スタジオ使用料は別で、約5000万円とされている。どの作品も同程度だ。民放の場合、全て込みで約3000万円。決して高い金額ではなく、大物出演者や名脚本家を招くためには少しでも経費を切り詰めたいのだという。

 さらに今年はドラマ界にとっては頭の痛い特殊事情があるそうだ。民放の編成担当者によると、東京五輪があるため、いつも以上にドラマの制作費を抑制したいのだという。

 東京五輪の放送権料はNHKと民放で計約660億円にも上る。ほかにタレントたちを司会に据えた五輪番組の制作費もかかる。出費が多いのだ。

 半面、放送権料が高騰したため、実は民放にとって五輪は儲からない。実際、2012年のロンドン大会、2016年のリオデジャネイロ大会はともに赤字。地元開催とはいえ、東京五輪も収支の見通しは暗い。とはいえ、局の威信を賭けて五輪には取り組まなくてはならない。その分、ドラマは割を食ってしまうという構図らしい。

 一方、医療ドラマと同じく、何でも描けて便利なジャンルがほかにもある。刑事ドラマだ。こちらも容疑者や事件の中身を通じ、社会全体が描ける。時代の特徴も表せる。美術費や衣装代もさほどかからない。

 そんなせいもあるのだろう。刑事ドラマも今年の冬ドラマには多く、フジ「絶対零度~未然犯罪潜入捜査~」(月曜午後9時)、テレビ朝日「ケイジとケンジ 所轄と地検の24時」(木曜午後9時)、「駐在刑事Season2」(金曜午後8時)と3本ある。

 どうすれば医療ドラマ、刑事ドラマとは違ったドラマが増えるかというと、おそらくカギは脚本だろう。

「ふぞろいの林檎たち」(TBS)「高原へいらっしゃい」(同)「早春スケッチブック」(フジ)などを執筆した脚本家の山田太一氏(85)は刑事ドラマも医療ドラマも一度として書いたことがない。その便利な形を使わなくても社会や時代が描けると考えたからに違いない。いい企画や脚本が乏しいから、医療ドラマや刑事ドラマは増えたのではないか。

 現時点で脚本界のトップランナーの一人である遊川和彦氏(64)は、秋ドラマで従来のジャンルでは括れない「同期のサクラ」(日テレ)を書いた。卓越した脚本家が次々と出現すれば、斬新なドラマが相次いで生まれるはずだ。

 そのためには、ドラマ界は脚本家の待遇を大幅に改善すべきだろう。現在、連続ドラマの1話当たりの報酬は平均で100万円程度、大御所クラスすら200万円ほどとされるが、これでは安すぎる。アメリカとは桁が違う。連続ドラマを書く機会が1年に一度でもある人は限られているのだから。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
ライター、エディター。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年1月29日掲載

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