安倍首相「中東歴訪」一体何の「成果」があったのか

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 直前に米・イランの軍事的緊張の高まりがあったため二転三転したが、安倍晋三首相は当初予定通りサウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)およびオマーン3カ国への訪問を終えて帰途に就いたと報じられている。

 安倍首相は何を目的として出発し、どんな成果が得られたのだろうか?

「首相、全方位外交 中東3カ国が海自派遣支持、評価」と題して『日本経済新聞電子版』が1月14日22:20に報じているように、

〈米国とイランの対立で緊張する中東の緊張緩和に向けた連携と、自衛隊の中東派遣への理解を求めるのが最大の目的だった〉

 と言えるだろう。

 では、なぜ「中東の緊張緩和」と「自衛隊の中東派遣」が重要なのだろうか?

『日経』の当該記事によると、

〈日本は原油輸入の9割を中東に依存しており、中でもサウジは全体の4割、UAEは4分の1を占める。この2カ国だけで日本の原油輸入の6割を超える。オマーンも石油タンカーの通り道であるホルムズ海峡を領海に有する。日本政府はUAEやオマーンで護衛艦の補給拠点を確保したい考えだ。中東から日本に至るシーレーン(海上交通路)の安全確保は日本経済に直結する〉

 からだ。

 では、今回の訪問でどんな成果が得られたのだろうか?

「自衛隊の中東派遣」については、訪問3カ国から基本的理解が得られた、としている。少なくとも「反対」との声はどこからも上がらなかったようだから、「基本的理解が得られた」と主張してもいいだろう。

 安部首相は昨年6月イランを訪問しており、さらに12月には来日した同国ハサン・ロウハニ大統領とも面談し、同じように「自衛隊の中東派遣」について「基本的理解」を得ている。

 まさに「全方位外交」であろう。

「持たざる者」である我が国にとって、世界の平和が維持され、貿易・通商が支障なく行われることが極めて大事だと認識している筆者は、この安倍首相の外交努力は多とする。

 だが、一国の首相の海外訪問としては、もう少し具体的な成果が必要ではないだろうか。

 何か、なかったのだろうか?

本当に「危機対応能力の向上」か

 外務省のHPを検索したところ、1月14日付で、

「安倍総理大臣のサウジアラビア、アラブ首長国連邦及びオマーン訪問(令和2年1月11日~15日)」

 と題して詳細が報告されていた。各国におけるそれぞれの要人との面談内容が記録されているが、具体的なものとしては、UAEのアブダビ訪問時の「共同備蓄事業に係る覚書の交換」しか見当たらなかった。

 該当箇所をクリックすると、経済産業省HPの、

「アブダビ首長国と共同石油備蓄事業の拡充・継続に合意しました」(1月14日付)

というページに導かれる。

 これが唯一の具体的成果か、と思い、じっくり読みこんでみた。

 まず気が付いたのは、当該「覚書」の署名者である。

 安部首相及びムハンマド・ビン・ザーイド皇太子列席の下ではあるが、日本側が牧原秀樹経済産業副大臣、UAEアブダビ側がスルターン・アル・ジャーベル国務大臣となっている。

 ちなみに外務省HPによれば、ジャーベル大臣は「国務大臣兼日本担当特使」とのことだ。

 つまり、副大臣級が署名するのが適当な、その程度の重要性を持った「覚書」だったということだろう。

 次に内容だが、「アブダビ国営石油」(ADNOC)に対し、日本国内の原油タンクを貸与し、「ADNOC」は東アジア向け供給拠点として活用するが、同時に「緊急時には日本向けに優先供給する」という、2009年に締結した共同備蓄契約の2回目の延長を行い、さらに貸与原油タンク容量を100万キロリットル(KL)から130万KL(日本国内の石油消費量の約4日分に相当)へ拡大する、となっている。

 つまり、現存のアブダビとの「産油国共同備蓄」を継続・拡充する、ということだ。

 これをもって経産省は、当該報告の冒頭で「危機対応能力の向上に寄与するという重要な意義を持つ」ものとしている。

 はてさて、本当に「危機対応能力の向上」に寄与するものなのだろうか?

「産油国共同備蓄」のカラクリ

 この「産油国共同備蓄」については、本欄『米「原油禁輸制裁」対抗でイラン・中国「秘密取引」の可能性』(2019年5月8日)の中で紹介しておいた。中国がこっそりイラン原油を購入するのに、この仕組みを使えばできる、と愚考を述べたものだ。

 概略を繰り返せば、「産油国共同備蓄」とは、国家備蓄、民間備蓄に次ぐ「第三の備蓄」という位置づけで、産油国の国営石油に日本国内の石油タンクを貸与する、というものだ。

 産油国国営石油は東アジア向け中継・在庫拠点として使用し、供給危機時には我が国に優先的に供給する、という条件になっているとのことだ。

 今回「継続・拡張」されたUAEの「ADNOC」とのもの以外に、サウジアラビアの国営石油「サウジアラムコ」とも63万KLの契約がある。

 つまり、今回の「延長・拡充」により、約200万KLの「産油国共同備蓄」になる、というわけだ。

 問題なのは、在庫している原油の所有権はそれぞれの外国国営石油に所属しているが、その半量を日本の国家備蓄としてカウントしていることにある。つまり日本は、「国際エネルギー機関」(IEA)が加盟国に課している備蓄義務数量の一部として、この「産油国共同備蓄」の半量をあてている、というわけだ。

 前述した2019年5月8日付拙稿では、

〈大きな問題があるが、本筋ではないので、ここでは触れないでおく〉

 としておいた。だが、今回の安倍首相の海外訪問唯一の具体的成果がこれだとするならば、触れないわけにはいかないだろう。

 そもそも備蓄が法的義務を伴って始まったのは、第1次オイルショック時に遡る。

 前掲2019年5月8日付拙稿でも紹介している経済産業省資源エネルギー庁作成の資料『平成28年度から32年度までの石油備蓄目標(案)について』(平成28年5月)によれば、備蓄が始まった以降の主な推移は次のとおりだ。

◆昭和42(1972)年 OECD(経済協力開発機構)勧告を受け、行政指導で民間備蓄開始(60日分)

◆昭和50(1975)年 石油備蓄法制定、民間備蓄を法的義務化(90日分)

◆昭和53(1978)年 審議会報告を受け、国家備蓄開始

◆昭和62(1987)年 審議会より、IEA義務の90日分(5000万KL)を国家備蓄で保有、民間備蓄を軽減(90→70日分)へ、との報告

◆平成5(1993)年 民間備蓄を70日へ軽減、以降継続

◆平成10(1998)年 国家備蓄5000万KL達成、以降継続

 具体的備蓄量の推移をグラフ化したのが、当該資料に付されている次のものだ。

 一目瞭然だが、備蓄量は1997年をピークに漸減している。消費量が減少しているので、必要な日数分を一定とすると、絶対量は減少するからだ。

 果たしてこれで「危機対応能力」が向上していると言えるのだろうか?

不十分な「危機対応能力」

 内容を細かく見てみると、その危うげな実態がよくわかる。

 まず「民間備蓄」は消費量の「70日分」とあるが、これには企業が生産、販売を行う上で滞りなく業務を進められる在庫、いわゆる「ランニングストック」も含まれている。石油会社として「ランニングストック」が何日分必要なのか、筆者は最近の実情を知らないが、次のエピソードが1つのヒントとなろう。

 筆者が若手社員として「三井物産」石油部に勤務していた大昔、当時50%株式を所有していた精製専業「極東石油」の原油代金のファインナンス手配という仕事があった。

 大手国際石油などから「船荷証券発行日(B/L date)後30日目」支払条件で購入した原油代金を「香港三井物産」でファイナンスを行い、「極東石油」からは「B/L date後120日目」に支払って貰っていた。

 当時、商社では「三菱商事」だけが所有していた「輸入権」なるものがあり、「三井物産」は所有していなかったため、「三井物産」本社からは外貨で原油代金を支払うことができなかったからだ。

 ある時、支払いが30日目で入金が120日目、つまり90日間のフィナンスが必要な理由を先輩から教えて貰った。

 たとえば、中東原油を購入すると、船積みしてから日本に到着し、輸入通関を行ってタンクに保管し、使えるようになるまで30日程度かかる。それから販売計画と手持ちの原油在庫を勘案して生産計画を作成し、精製して石油製品を生産、出荷するまでさらに60日ほどかかる。石油製品の代金が入金できるのは、出荷後おおよそ30日目である。

 つまり、原油を船積みしてから石油製品代金として入金できるまで、おおよそ120日かかるのだ。したがって資金が決して潤沢ではない「極東石油」は、90日間のファイナンスが必要だったのだ。

 ということは、あの頃「極東石油」は、ランニングストックを「60日分」持っていたことになる。

 最近の石油会社が何日分のランニングストックを保有しているかは不詳だが、民間備蓄「70日分」というのは、ランニングストックを考慮するとさほどおおきな数量ではなく、十分な「危機対応能力」があるとは言えないだろう。

小手先の対応

 では、「国家備蓄」はどうか?

 IEAが加盟国に義務として課している「90日分」というのは、前年の純輸入量をベースとしている。

 最近の日本のように、石油消費量が年を追うごとに減少すれば、輸入量も減少する。備蓄義務日数は「90日分」と一定なので、義務絶対量は減少する、というわけだ。

「産油国共同備蓄」というのは、所有権が産油国国営石油に所属しているので、在庫金利を負担しなくていいというメリットがある。そして、所有権はないが半量は国家備蓄としてカウントしていいとの「お墨付き」をIEAから得ているので、財政負担がない形で国家備蓄を保持することになる。

 しかも、「義務」となる国家備蓄の絶対量は増やしていない。消費量が減れば「義務」としての国家備蓄量も減少する。

「産油国共同備蓄」とは、頭の良い官僚が考え出した名案なのだろう。

 だが、備蓄というものは、IEAが義務として課しているから日本もしなければならない、というものなのだろうか?

「危機対応」がキーワードではないのだろうか?

 いざという時、国民がパニックに陥らず、国家としての安定した政治・経済・社会状態を保つことに役立てるものであるべきではないのだろうか?

 たとえば昨年9月、石油純輸出国となった米国は、純輸入量がゼロになるのだから、IEA基準では近々「義務」としての国家備蓄は不要となる。だが、今でも1億KL以上の戦略石油備蓄を保有している(「EIAデータ」参照)。

 では、「持たざる者」である日本は、どういう状況なのか。

 資源エネルギー庁が2018年に発表した「基本エネルギー計画」策定作業の過程で作成している資料『エネルギー情勢懇談会 ~エネルギー転換へのイニシアチブ~ 関連資料』(2018年4月10日)の中でも、1次エネルギー自給率が米国は92%であるのに対し、日本はたったの7%となっている(2015年数値)。

 当該資料の32頁にある「主要国と比較した日本が置かれている状況」の中の該当箇所がこれである。

 石油は、平時には「コモディティ」だが、非常時には「戦略物資」となるものである。

 平時は何とかなる。

 問題は非常時だ。

 繰り返すが、非常時に「パニック」に陥らないことだ。

 そのために必要な日本のエネルギー政策とは、小手先の対応ではなく、備蓄絶対量を強力に増加することだと愚考するが、如何なものであろうか?

岩瀬昇
1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?  エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同)、最新刊に『超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編』(エネルギーフォーラム)がある。

Foresight 2020年1月16日掲載

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