生田斗真「オレの話は長い」を映画評論家が絶賛、ホームドラマの名作“小津作品”との共通点

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 12月14日に放送が終了した生田斗真(35)の主演ドラマ「俺の話は長い」(日本テレビ)の底流にあるのは、日本映画界が生んだ巨匠・小津安二郎の作品群だった――。そう指摘するのは、北海道大学文学部教授で、気鋭の映画評論家でもある阿部嘉昭氏(61)。令和元年のドラマと56年前に他界した小津の作品群との共通項とは?

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 北海道大で教鞭を執る一方、「日本映画が存在する」「黒沢清、映画のアレゴリー」などの著書があり、映画評論家でもある阿部嘉昭教授はこう語る。

「『俺の話は長い』ではエンプティショットの使用にドキドキしました。小津の好きな技法でした」(阿部教授)

 エンプティショットとは、物語と直接関係のない物体や空間を映すこと。空場面とも言う。それが見られた一例は12月14日放送の最終回(其の二十)だ。終盤、空間だらけの家屋内をカメラは静かに映した。

 主人公の岸辺満(生田)と母・房江(原田美枝子、60)の住む家から、満の姉である秋葉綾子(小池栄子、39)と夫の光司(安田顕、46)、娘の春海(清原果耶、17)が出て行ったために空間が生じた。姉一家の荷物や段ボールが消えたからだ。3人は自分たちの家を建て替える間、実家を間借りしていた。ドラマはその意味で一過性の季節をとらえた。

「俺の話は長い」は、高齢者受けする番組が有利になる世帯視聴率こそ全話平均で8.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)に過ぎないが、最終回までに14回もTwitterでトレンド入り。若い層の個人視聴率(非公開)も高かったとされる。エンタメ情報誌「コンフィデンス」のドラマ満足度調査「ドラマバリュー」でも90ポイント(100ポイント満点)を突破した。

 他方、小津はというと、言わずと知れた日本映画界の巨匠。世界中にファンがいる。家族をテーマにした名作が多く、日本のホームドラマの礎を築いた1人である。

 食事シーンを大切にしたところも小津作品と共通する。「俺の話は長い」には小津作品と同じく食事のシーンが頻繁に登場。同じ屋根の下で暮らす5人が、すき焼きや焼き魚などをよく食べた。

 ただし、阿部教授によると、撮り方はちょっと違ったという。

「小津作品の食事シーンの撮り方はカメラ位置が低く、何を食べているのかよく分からない」(同・阿部教授)

 人物配置にも相似点があったと阿部氏は指摘する。原田美枝子が演じた房江は未亡人で、軽食喫茶店「ポラリス」を経営していた。店の常連客で古書店主の牧本求(西村まさ彦、59)は、房江を再婚させようと勝手に気を揉む。実は牧本自身が房江に好意を抱いていた。これは小津の「秋日和」(1960年)に共通する。

 「秋日和」では故・原節子が未亡人に扮し、亡き夫の旧友役である故・佐分利信や故・中村伸郎が原を再婚させようと画策した。だが、実は自分たちも原を憧れのまなざしで見ていたのだ。小津作品の特徴の1つは未亡人がたびたび登場し、重要な役割を担ったことだった。

 まだある。阿部教授は「血縁のない者の家族化を描いたところも小津と重なり合った」と指摘する。

 「俺の話は長い」の場合、安田が演じた光司は、綾子(小池)の再婚相手であるため、同じ屋根の下で暮らした5人の中で唯一、誰とも血縁がなかった。このため、物語の序盤での光司は浮いた存在だった。だが、徐々に同化していく。満(生田)と同じように寝転がったり、似た仕草を見せたり。徐々に家族らしくなっていった。

 一方、小津作品の「東京物語」(1953年)では、老夫婦(故・笠智衆、故・東山千栄子)と原節子が演じた亡き息子の嫁が、本当の家族のようになっていくまでなどが描かれた。それにより、「家族とは何か?」を見る側に問うた。

 近年、小津を感じさせるドラマが目立つ。今年6月まで放送された「きのう何食べた?」(テレビ東京)も食事シーンの多用やカメラアングルなどが小津作品と共通すると指摘された。没後56年が過ぎても映像制作者たちが意識する小津作品の魅力とは何か?

「映画のフォルムとか作りの透明度が高く、盤石。また、撮り方、カットの繋げ方、セリフなどに法則があり、それが見ているうちに快感になってくる。映画やドラマの作り手はそういった小津の手法に引かれるのでしょう。一般的な映画ファンは古き良き日本が描かれているところなどに魅力を感じるのだと思います」(同・阿部教授)

 小津は日本のホームドラマの礎を築いた人である。後に続く映像制作者たちが影響を受けないはずがないのだろう。

 1980年代以降、映画もテレビもホームドラマが激減していたが、それは実社会が核家族化したためだ。家族の人数が多くないと、エピソードが足りず、ドラマにしにくい。かといって大家族にしてしまうと、現実味がなくなってしまう。

「ホームドラマが時代の流れに合わなくなってしまった」(同・阿部教授)

 その点、「俺の話は長い」は綾子ら姉家族3人を同居させることにより、エピソードを増やすことに成功した。「きのう何食べた?」はLGBT問題をテーマに加えることによって、やはりエピソードを増やした。

 ただし、「俺の話は長い」にはエピソードはあったものの、事件モノや医療モノのドラマとは違い、刺激的な事件は起きていない。

「同居する5人の中で毎回、事件が起こるようにすると、かえって不自然。だから、そうせず、ふわりとしたエッセイのような作風にしたのでしょう。何にもないところが新鮮でした。そもそも現実の世の中だって、そうそう事件なんて起きないのだから」(同・阿部教授)

 確かに、毎週のように難事件が起きたり、特異な症例の患者が現れたりするドラマはリアリティーがない。そろそろ飽きられてしまう時期なのかも知れない。一方、「俺の話は長い」の成功によって、ホームドラマはまだ作れる余地があることが証明された。家族の問題は一番身近で大切なテーマ。再びホームドラマの時代が到来するかも……。

 阿部氏は小津のみならず、やはり戦後の巨匠である故・成瀬巳喜男の作品と「俺の話は長い」との共通点も感じたという。その成瀬の作品とは、「めし」(1951年)である。

「主人公と姪の関係性が物語で重視されたところです」(同・阿部教授)

 近年、主人公と姪の関係性をクローズアップしたドラマは皆無だが、「俺の話は長い」では満(生田)と姪の春海(清原)の心的交流が見どころの1つだった。春海に満は、親や友人らが教えてくれないことを説いてくれた。

 一方、成瀬監督の「めし」では、妻・三千代(原節子)と夫の初之輔(故・上原謙)が暮らす家に、初之輔の姪である里子(島崎雪子、88)が転がり込んでくる。そうして一悶着が起きるが、結果的にはそれによって夫婦はお互いを見つめ直すことが出来る。

「叔父にとって姪というのは、かわいい存在である半面、ドキドキするものでもある」(同・阿部教授)

 姪はちょっと特異な立場。それを近年のドラマは無視し続けたが、「俺の話は長い」はうまく使った。

 阿部教授は春海を演じた清原を高く評価する。

「春海は大人ぶっているけれど、クラスメイトの高平陸(水沢林太郎、16)との変な恋愛に悩むなど、やはり子供。それが演じられるのは清原という女優が多元的なものを一身に集めて持っているから」(同・阿部教授)

 清原は2018年に放送されたNHK「透明なゆりかご」で、ドラマの舞台となる産婦人科にやってくるアルバイトの看護助手を演じたが、阿部氏はこの演技も絶賛。その上で、こう続けた。

「春海には陽気な部分もあるが、年齢なりの陰りもある。眼に複雑で豊かな表情がある。清原の演技のポテンシャルはたいしたもので、これからも物凄く活躍するはず。自分を前面に出すのでなく、与えられた環境の中でどう振る舞えばいいのかが分かる勘の良さがある。周囲との同調力がとてつもない」(同・阿部教授)

 主演の生田もまた阿部教授は高く評価する。

「セリフまわしが非常にいい。西洋人的ルックスなのに演技が日本的。自分勝手そうなのに周囲に配慮する役柄が似合った。小池栄子と同じ表情になる瞬間が嬉しかった」(同・阿部教授)

 同じ屋根の下で暮らした5人の演技は全員、良かったという。

「あの5人は、お互いの空気やリズムを察し、丁々発止のやり取りをするのが、えらく上手だった。シンクロしていた。5人のアンサンブルが良かった。普通は5人だけじゃドラマが持たない。脚本も良かったが、それを具現化する俳優たちが個々に良かった」(同・阿部教授)

 最近のドラマは、ほとんどリハーサルをせずに収録に入るが、このドラマでは5人が控え室などで自発的にリハーサルを行っていたという。

 また、このドラマは30分の2話構成であるところも注目され、支持も得られた。もともと1970年代前半まで30分ドラマは珍しい存在ではなかった。

「ただし、以前の30分ドラマの作り方とは全然違った。たくさん要素を詰め込まず、淡い感じになっていた。そこも良かった」(同・阿部教授)

 過去の作品をリスペクトしただけではなかったのだ。

 地上波のドラマを毛嫌いし、動画などに流れてしまった若者は多いが、まだまだ可能性は残されているようだ。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
ライター、エディター。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年12月26日掲載

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