栄和人氏、監督復活のウラのウラ お粗末だったテレビメディアの報道

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外しそびれていた名刹

 12月初め、栄氏と会食した時、「まだマスコミは俺と馨のこと追っかけてんの。レスリングってよっぽど人気がないんだね」と笑っていた。そこには昨年、自殺しないかと妻玲那さんが心配した頃の傷心の姿はなかった。

「栄という男はとんでもない」「伊調馨さんが可愛そう」を信じた国民がほとんどだろうが、筆者から見れば栄氏が伊調馨に頭を下げる必要などない。勝手な行動を注意しただけである。だが彼女のわがままや、田南部コーチと勝手な行動をとっていたことはほとんど報じられなかった。仮に伊調選手が東京五輪出場となれば「五輪史上初の5連覇か」で沸き立つ。その時、元来、取材嫌いな彼女を取材することが困難になることを恐れたメディアは伊調サイドに「忖度」し、栄バッシングを続けた。しかし伊調と同じく栄氏の教え子だった川井梨紗子が伊調に勝利し五輪切符を得た。

 久しぶりに「至学館道場」で栄氏が指導する練習も見た。「俺も訴えられたり、訴えたりしてるんだけどさ」。高校生も混じる乙女たちの前で栄氏はざっくばらんだった。訴えているのは「虚偽の事実を作り上げた」田南部氏に対して。訴えられたのは拓殖大学の学生が練習中に大怪我したことで家族らが協会や強化本部長だった栄氏を訴えたことだという。

 道場では以前はべたべたと壁に貼られていた、伊調馨や吉田沙保里らの五輪の活躍や栄氏を称賛する新聞や雑誌記事などの多くが消えていた。「レスリング部だけの場所ではなく体育の授業でも使いますので」(大学広報)との説明だが、栄バッシングの嵐の中、外されたことは容易に想像できた。だが壁の高い位置に並べられている現役や吉田らOB(OG)の木製の名札に「監督 栄和人」とあった。「栄さんの名札は一度はずしたのを戻したのですか?」と尋ねると「たまたまはずしそびれていただけです」とのこと。解任後もそのままだった名札が天才コーチを呼び戻してくれたのだ。

 栄和人氏には最前線の現場が似合う。マット際にこの男がいれば選手は無類の力を発揮する。協会の高いポストなど不要だ。強化本部長として男子選手の指導陣の上にも立ってしまったため無用な嫉妬も受けてしまった。来る東京五輪では至学館大学の教え子に歓喜のあまり投げられてマットに叩きつけられる姿をもう一度見たい。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班編集

週刊新潮 2019年12月25日掲載

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