「市原弘大」の「子どもたちのために」密かな行動と大きな願い 風の向こう側(61)

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 ほぼ1年中目まぐるしく動き続ける世界のゴルフ界も、束の間のクリスマス休暇を迎えているが、休暇に入る直前、世界ナンバー2のローリー・マキロイ(30)は、故郷に新たなゴルフアカデミーを創設した。

 北アイルランドのホーリーウッドの町にある「ホーリーウッドGC」は、かつてマキロイの父親ゲリーがバーを開いていた場所であり、マキロイは幼いころから父親の「職場」でもあるそのコースに毎日のように足を運び、ゴルフクラブを振っていた。

「ここは僕が特別な日々を過ごした特別な場所。たくさんのものをもらったこの場所は、僕の出発点です。そこに、お返しをするのは当然であり、大切なことです」

 お世話になったゴルフ場と故郷の町に恩返しをしたい。そんな気持ちから、マキロイはゴルフアカデミーを創った。

「単なる練習場を越えたアカデミーにしたい」

 最新のトレーニング機器を揃えたジム、トラックマン(弾道計測器)やシミュレーターを備えた打席も完備されたこのゴルフアカデミーが、故郷のゴルファーたちの役に立つことは言うまでもない。だが、マキロイ自身が一番気にかけているのは、これからゴルフ界を担っていく子どもたち、ジュニアゴルファーの育成だ。

 アカデミーのオープンにあたり、マキロイは幼少時代からの恩師であるマイケル・バノンとともに、英国内2000人のジュニアから選ばれた3人のジュニアを招き、その場でスペシャル・レッスン会を開いた。

 その様子は国内外に報じられ、世界のゴルフ界で話題になった。そうやって現役のトッププレーヤーが率先してジュニアや子どもたちに視線を向け、実際にアクションを起こすことで、他の選手たちのお手本となり、活動が広がっていく。

 そういう動きを牽引できる人物こそが、「世界の一流」と呼ばれ、リスペクトを得るのだと私は思う。

「僕がプレゼントします」

 日本のゴルフ界に目をやれば、そういう意味での「一流」の存在は、残念ながら、きわめて稀である。

 もちろん皆無ではない。だが、欧米ゴルフ界では次々に出てくる「世のため、人のため、子どもたちのため」の活動や言動が、とりわけ現役選手から自発的に行われる例が日本ではあまりにも少ない。

 黙っていることが美徳という日本特有の考え方や道徳観念から、ひっそりと寄付や社会貢献を行っている選手も中にはいる。だが、言わなければ伝わらないし、広まることもないわけで、せっかく「良きアクション」を起こすなら、それは積極的に発信し、広めていきたいと私は思っている。

 その1つ。みなさんに是非ともお伝えしたい出来事がある。

 先日、12月22日の冬至の夜、日本ツアー2勝の市原弘大選手(37)が、これからゴルフを始めたいと思い始めた小学5年生の男の子にジュニア用のクラブをプレゼントした。

 その経緯を簡単に説明すると、市原は常日頃からサポートしてくれているスポンサーや関係者、ファンに対して、深い感謝の気持ちを抱いている謙虚な人柄であり、「自分ができる範囲で、何かお返しをするのは当たり前」と考えている。

 そんな折り、私自身が客員教授を務めている武蔵丘短期大学で初心者や子どもを対象とするゴルフイベントを今年9月に開催し、参加したある母子から、後日、相談を受けた。

「息子がゴルフを始めたい、クラブが欲しいと言い出したが、やっぱり高価なので……」

 せっかくゴルフに触れたところで、ゴルフクラブを購入するというハードルが子どもの興味や意欲をつぶしてしまうのは、あまりにも惜しい。

 そんな話を市原に伝える機会があった。すると彼はすぐさまこう言った。

「子どもがせっかくゴルフを始めるなら、子ども向けに作られたジュニア用のクラブを使うほうが絶対にいい。本当は日本全国各地の市町村の最低1カ所ぐらい、練習場にジュニア用クラブを備えて、子どもたちが自由に使えるようにしたいですよね。僕はこれから、そういうことを、自分のできる範囲でやっていきたいです。いずれは、貸し出しクラブをたくさんの練習場やコースに完備させたい。そういうことを考えるきっかけになったので、その小学生には僕がジュニア用のクラブをプレゼントします」

「息子はすっかりゴルフ好きに」

 即座にそう言い切った市原の姿勢が素晴らしかったのは言うまでもないが、そこから先は、さらに素晴らしかった。

「小学生の身長はどれぐらいですか?」

 市原は次々に質問を寄せてきた。子どもに適したクラブを探そうとしていることが手に取るようにわかった。

 市原いわく、「契約先などの会社にお願いしてもいいんですけど、そうすると、いろいろ了解をもらうのに時間がかかったりしてしまうと思ったので……」。

 ゴルフを始めたいと思い立った小学生の意欲が失せないうちに、なるべく早くクラブを贈ろうと考えた市原は、文字通り「自力」で、オンライン・ショッピングでクラブを探し、正真正銘の自腹で購入。

「クラブが無事に実家に届いて安心していたら、バッグがないことに気付いて慌てました」

 大急ぎで赤いスタンドバッグも追加で購入した市原は、「せっかくなら僕が直接手渡します」と申し出てくれた。

 市原は現在、千葉県内に家を借りているのだが、小学生は埼玉県所沢市に住んでいる。

「所沢なら、僕、行きますよ」

 そう言って市原は雨が降りしきる寒い寒い日曜日の夕暮れに、会ったこともない1人の小学生のゴルフへの意欲を消さないようにと祈りつつ、千葉から埼玉までやってきた。

 11歳の榎本大和くんは冬でも半ズボン姿の元気な小学生。

「はじめまして、大和くん。寒くないの?」

 優しく声をかけた市原は、大和くんにジュニアクラブを手渡し、「これで練習してゴルフを好きになってね」。

 市原が披露したお手本ショットを間近で眺め、目を丸くした大和くんは、市原から「打ってみようか?」と促され、即席レッスンを受けながら一通りのクラブを打った。

「楽しかったです」

 母親・飛鳥さんも「プロゴルファーって、怖いイメージでしたけど、こんなに優しくていい人がいるんですね。息子はすっかりゴルフ好きになり、球を打ちたがっています」と喜んでいた。

 何より市原自身が「楽しかったです」とうれしそうだったことが一番印象的だった。

自分は認識すらされなくてもいい

 ゴルフ界の王者タイガー・ウッズ(43)は1996年にプロ転向して以来、すぐさまジュニアゴルファー育成に力を注ぎ始めた。

 それは、今は亡きウッズの父親アールの希望であり、だからこそウッズ父子はジュニアゴルファー育成こそがトッププレーヤーの使命だと思っていたという。

「でも、僕は最近、考え方を変えた」

 ウッズがそう語ったのは、2017年の春だった。ゴルフをする子どもたちだけに目を向けるのではなく、ゴルフをしない子も含めたすべての子どもたちの才能を伸ばしていくことが何よりも大切だと考えるようになったウッズは、従来の「ゴルフアカデミー」ではなく、近年は科学や数学などの学問を教えながら子どもたちを育成する「ラーニングセンター」の運営に力を注いでいる。

 タイガー・ウッズの名を冠したラーニングセンターに通ってくる世界各国の子どもたちは、

「『タイガー・ウッズ』は学校の建物の名前だと思っていて、僕というプロゴルファーの名前だとは認識していない子が多い。でも僕はそれでも構わない」

 あのウッズが自分は認識すらされなくてもいいのだと笑顔を見せるように、プロゴルファーはときにトッププロしての名誉あるいは見栄に縛られることなく、未来を担う子どもたちのために、できることを行う姿勢を見せてほしいし、そうあってほしい。そういうことができる人こそが本物の一流なのではないだろうか。

 市原が1人の小学生に自腹を切ってジュニア用クラブを手渡し、手ほどきまでしたことを、そして全国各地の練習場にジュニア用クラブを備える活動を考えていることを、日本の現役プロゴルファーたちにも知ってほしいし、できることなら追随してほしいと思わずにはいられない。

 地道な努力、地道な活動を積み重ねることが、いつかビッグな実りになるということを、日本のゴルフ界はもっと真剣に考え、もっと現実的に取り組んでいくべきだ。

 市原が取った行動がそのための1つの端緒になってくれたらいいなと願っている。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2019年12月25日掲載

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