「年金制度改正」で加速する安倍政権「高齢者いじめ」

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 安倍晋三政権の“高齢者いじめ”が加速している。

 検討が進められている年金制度改正では、働き方改革と相まって、一見、高齢者の労働を促すことにより、その生活が改善されるように見えるが、実態面では“改悪”が進められている。加えて、高齢者の医療費自己負担額の引き上げも検討されるなど、今後、高齢者の生活は一段と悪化する可能性が高まっている。

 今年4月17日の拙稿『「年金月4万円」生活保護費「受給者増加」高齢大国ニッポンの「暗い将来」』は、読者から大変大きな反響を頂いた。

 この中で、現行の年金受給額では、特に国民年金受給者の場合「生活が維持できない高齢者」が多数存在し、高齢者世帯の生活保護受給が増加の一途を辿っていること、政府が検討している年金制度改正は高齢者の労働意欲を高め、生活改善に資するものではないことなどを指摘した。

「70歳受給開始」への布石

 現在、政府は「全世代型社会保障」に向けた年金制度改正の検討を行っているが、残念ながらこの改正は、決して高齢者の生活改善につながるようなものではない。

 年金制度改正の柱は3つ。

 柱の第1は、公的年金の受給開始年齢を75歳まで選択できるようにすることだ。

 現在の公的年金制度は、受給開始年齢が原則65歳で、60~70歳の範囲で選択できる。受給開始を1カ月早めるごとに65歳から受給を開始した場合の年金額(基準額)から0.5%減額され、遅らせるごとに0.7%増加する仕組みとなっている。もし60歳から受給を開始すると、基準額から30%の減額、70歳から開始すると42%の増額となり、この金額は生涯続く。

 60歳から受給を開始すると、年金の受給総額は65歳から受給を開始する場合に比べ、75歳までは多いが、75歳を超えると65歳から開始した方が多くなる。また、70歳から受給を開始すると、65歳から開始した場合の年金総額に追いつくのは82歳前後となる。

 つまり、75歳までに寿命が尽きれば60歳から受給を開始した方が得で、82歳以上長生きするのであれば、70歳から受給を開始した方が得ということになるのである。

 そして、政府が検討している受給年齢を75歳までの選択に変更した場合、75歳まで受給開始年齢を遅らせると、1カ月あたりの年金額は最大で基準額の84%増になる。

 確かに、1カ月あたりの年金額の増加は魅力的で、年金制度の改善のように見える。安倍首相も、「年金受給開始年齢を70歳に引き上げることはしない」と明言している。

 だが、この受給開始年齢75歳までの選択制への変更は、明らかに年金受給開始年齢を70歳に引き上げるための“布石”だ。

 政府は働き方改革や成長戦略の中に、70歳までの就業機会確保を盛り込んでおり、厚生労働省は2020年の通常国会に、定年廃止や継続雇用制度の導入といった雇用確保措置の期限を現行の65歳から70歳まで延長する、高年齢者雇用安定法の改正案を提出する見通しだ。

 2013年に年金受給開始年齢を65歳に引き上げた際、政府は多くの企業の定年が60歳であるのに対して、65歳までの雇用確保措置を企業に義務付ける改正高年齢者雇用安定法を施行している。現在の70歳までの就業機会確保は、このパターンと“瓜二つ”だ。

「前倒し受給減額率圧縮」という「飴玉」

 年金改正の柱の第2は、年金を受給開始年齢の65歳より前倒しで受け取る場合の減額率の見直しである。前述のとおり、現在は60歳で年金受給を開始すると、基準額から最大30%の減額となるが、これを24%に圧縮することを検討している。

 確かに、2017年度に年金受給開始年齢を70歳まで遅らせて受給額の増額を行った高齢者は1.5%、減額を承知うえで65歳前に年金受給を開始した人は約20%だったことを考えれば、これこそ高齢者にとって年金制度の改善ではないか、と喜ぶのはまだ早い。

 受給開始年齢を遅らせる人よりも、受給開始年齢の前倒しを選択する人が10倍以上も多いというのは、「60歳定年以降、年金を受け取らないと生活できない高齢者が多い」ことを示している。これは、多くの企業で60歳の定年後から65歳までの雇用については、給与水準を60歳定年時の半額程度にまで減額しているのが実態だからだ。

 もし、政府が年金受給開始年齢を現在の65歳から70歳に引き上げようとすれば、受給開始年齢の前倒しを選択した際の減額率を圧縮する程度の“飴玉”を用意しておかなければ、国民からの猛反発は必至だ。年金受給開始年齢が70歳に引き上げられれば、年金を前倒しで受け取れる年齢も60歳から引き上げられ、65歳からとなる可能性が高い。となれば、企業の定年年齢が引き上げられない場合、現役時代の半額の給与で働かなければならない期間も長期化するのだから。

働いたら減額

 柱の第3は、在職老齢年金の見直しだ。在職老齢年金は、年金を受け取りながら仕事をして収入を得ると年金支給額が減額される制度で、現在約108万人の年金が減額され、合計で約9000億円の年金給付が止められている。収入の多い高齢者の年金を減額することで将来世代の給付に充てるためだが、前回の拙稿でも、高齢者の労働意欲を高めるためにもこの制度の見直しが急務だと指摘した。

 在職老齢年金は現在、65歳以上で年金を受給している場合は月収が47万円、60~64歳なら月28万円を超えると年金が減額する。この、年金が減少する基準額を引き上げることが検討された。

 当初、厚労省の検討では、月収47万円から月収62万円に上げるという案が出てきた。だが、大幅な引き上げに対する批判が相次ぎ、月収51万円に減額。それでも批判はやまず、結局、60~64歳は現行の月収28万円から47万円に引き上げ、65歳以上は月収47万円で現状維持となった。日本の年金制度は、現役世代の支払う年金や税が原資となっているため、基準額の引き上げは現役世代の負担が増加するとの批判が相次いだことによる。

 しかし果たして、これで高齢者の労働意欲が高まるのだろうか。

 65歳以上の年金減額対象者は、受給者全体の1.5%にしか過ぎず、富裕層に近い層に限られている。必要なのは、年金受給額が65歳の基準額から減額になるにもかかわらず、年金を受給しながら仕事をして生活を支えている60~64歳の層に対しての配慮ではないか。

 また、厚労省は、年金を受給しながら就業している65歳以上の高齢者に対して、「在職定時改定」を導入する方針を打ち出した。これは、厚生年金が70歳まで加入できるため、65歳以上で年金を受給しながら年金保険料を支払っている高齢者の年金額を見直し、増額しようというものだ。

 確かに年金受給額が増加するため改善にはなるが、在職老齢年金との関係と同様、60歳以上で年金を受給しながら厚生年金保険料を支払っている層への対応など、非常に不透明な部分も多い。そして何よりも、この制度の導入は高齢者の就労を促すことに狙いがある。

 つまり、これまで述べた年金制度改正は、真の狙いが年金受給年齢を70歳に引き上げることにあり、そのために高齢者の就業促進を図ろうとしているのではないか、ということだ。

労働は「意欲」ではなく「収入」のため

 今年10月4日に召集した臨時国会の冒頭、安倍首相は所信表明演説で、「65歳を超えて働きたい。8割の方がそう願っておられます。高齢者のみなさんの雇用は、この6年間で新たに250万人増えました」と述べ、65歳以上の高齢者の就業を促進する方針を示した。

 確かに2018年の労働力調査によると、65歳以上の就業者数は862万人と前年比55万人増加(1.3%増)している。だが、このうち76.3%は非正規雇用だ。

 内閣府の2015年の「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」では、「就労の継続を希望する理由」は「収入がほしいから」が49%で圧倒的に多いことにも表れている。要するに、高齢者は年金だけで生活できないから就業しているのだ。それをあたかも高齢者が好んで就業をしているような理屈を繕うのは如何なものだろうか。

 その上、政府は75歳以上の後期高齢者が医療機関で支払う自己負担割合を現在の1割から2割に引き上げる検討を進めている。

 医療機関での自己負担割合は、69歳までは収入に関係なく3割、70~74歳は原則2割、75歳以上は1割となっている。70歳以上でも、現役世代並みの所得がある場合は3割負担だ。

 そして、75歳から、健康保険は国民健康保険などから後期高齢者医療制度に移る。現在の保険料は平均で月5857円だが、2017年度は医療費全体の43兆円のうち16兆1000億円が後期高齢者医療に使われている。しかも、このうち4割が現役世代からの「仕送り」で賄われており、その負担は増加の一途を辿っている。

 このため、75歳以上の後期高齢者の自己負担割合を2割に引き上げることで、現役世代や政府の負担軽減を図ることを狙っているわけだ。もちろん、低所得の高齢者などに対する軽減措置は検討されているが、年金だけが収入源の高齢者にとっては大きな負担増だ。

抜本的改革が必要

 さて、日本人の平均寿命は男性が81歳、女性が87歳となっている。内閣府によると、2017年の就業率は60~64歳で男性79%、女性54%、65~69歳は男性55%、女性34%。60~64歳では男性の8割、女性の半数、65~69歳では男性の半数、女性の3人に1人が働いていることになる。

 それでも政府は、年金制度を維持していくためには受給開始年齢を70歳に引き上げる必要があり、高齢者には70歳まで働くことを求める。加えて、高齢者が働いていれば、医療費の3割自己負担を求めることができる。

 だが2022年からは、戦後ベビーブームの団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になり始める。そして、2035年には団塊ジュニア世代が定年を迎えることになる。年金財源には大きな負担がかかり、また、医療費負担も同様だ。

 政府が進める“弥縫(びほう)策”では、この危機を回避するのは難しいだろう。いずれは、年金受給額は減額され、受給開始年齢は引き上げられ、医療費の自己負担率は引き上げられることになる。

 結果、高齢者にとっては、生活を維持するために“働き続けなければならない時代”が到来するだろう。

 しかし、老後の生活不安が、若者層が結婚や子作りを躊躇う原因にならないように、“豊かな老後生活”を実現しなければならない。

 そのためにも、今、進めなければならないのは、現役世代の負担軽減や世代間バランスを保つための抜本的な改革だ。例えば、高齢者でも富裕層に対する年金制度の見直しや医療費の自己負担率の見直しなどを行うことで、高齢弱者を救いながら現役世代の負担軽減を図っていく必要があるのではないだろうか。

鷲尾香一
金融ジャーナリスト。本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。

Foresight 2019年12月16日掲載

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