沢尻エリカはなぜ緊急逮捕されたのか 陰謀論が100%ありえない理由

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2019年11月28日

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 今月16日に合成麻薬MDMAの所持容疑で逮捕された沢尻エリカ容疑者。なぜ「緊急逮捕」だったのか、なぜ「組織犯罪対策第5課」が検挙したのか。そして、なぜ「陰謀論」は100%あり得ないのか。本件を巡る警察捜査の「誤解と謎」について、元警察官僚で作家の古野まほろ氏に話を聞いた。

――沢尻エリカ容疑者の捜査をめぐる誤解とは何か。

「メディアの報道や様々な人の論調を聞くかぎり、大きく3つの誤解があると思う。

 誤解の第一は、『緊急逮捕』という言葉についてである。これは、それなりに犯罪捜査を知っている人ならアタリマエのことになってしまうが、専門用語である。

 すなわち、被疑者を『緊急逮捕しました』と言ったとき、それは日常用語の『急いで逮捕しました』『急遽逮捕しました』という意味ではなく、『緊急逮捕というタイプの逮捕を選択して逮捕しました』という意味だ。言い換えれば、警視庁は今回、現行犯逮捕でも通常逮捕でもなく、緊急逮捕というカードを選んでそれを切ったということだ」

――なら、緊急逮捕というカードを選んだことに意味はあるのか。例えば、近いところだと、田代まさし容疑者は覚醒剤を所持していたとして「現行犯逮捕」されているが。

「確かに、犯罪捜査に関心のある方だと、『所持は現行犯逮捕、使用は緊急逮捕』というイメージを持っておられると思う。通常のケースを想定すれば、まさに覚醒剤がそうである。ここで、覚醒剤の所持が現行犯逮捕となるのは、『科学的に、それがまさに覚醒剤だ』と言えるための、予試験の精度が高いから。要は、『それはまさに覚醒剤なので、今すぐこの場で逮捕しますね』と言えるから。そして適正にやっているかぎり、誤認逮捕のおそれはないから。

 ところが他方で、今回のMDMAとなると、『それがまさにMDMAだ』と言えるための簡易鑑定が困難で、過去には抗鬱薬をMDMAと判定してしまうなど、誤認逮捕もあった。よって警察は、5年ほど前からその簡易鑑定を止めたはずだ(新しい機器が導入されるともされたとも聞くが)。この簡易鑑定をしない場合は、一定の時間をかけて、科学捜査研究所で(本)鑑定をしなければならなくなる。となると、『今すぐこの場で』、所持での現行犯逮捕はできなくなる。なら残るは緊急逮捕か、通常逮捕だ。そして逮捕された理由を見るに、それは口語で言えば『その日その場でMDMAを持っていた』という、いわばいきなり発見型なのだから、事前に逮捕状を用意する通常逮捕はできない。ゆえに緊急逮捕という手段だけが残る。むろん、一般論としては、現行犯逮捕できなかった他の法令上・実務上の理由が存在することもあり得るが」

――緊急逮捕と他の逮捕ではどう違うか。

「多くの人が御存知のとおり、現行犯逮捕だと逮捕状がいらない。他方で、緊急逮捕と通常逮捕では必ず逮捕状がいる。よって、警察官の思考方法としては、『できることなら現行犯逮捕したい』となる。現行犯逮捕なら令状請求手続をとらないでよいし、したがって、それなりに厄介で厳格な捜査書類も不要になるからだ。

 特に、緊急逮捕は正直、めんどくさいもの。ゆえにもし、今回の薬物が覚醒剤・大麻であれば、一般論としては、警視庁は手数・指し筋を省略できたと思う(といって、警視庁は日本警察の長兄で、その捜査能力は日本有数のものだし、そもそも本件は事前にじっくり準備するタイプの『内偵事案』なので、今更緊急逮捕がめんどうだの恐いだの、そうしたことは全くないだろうが)」

――沢尻エリカ容疑者の捜査をめぐる他の誤解とは。

「誤解の第二として、今回被疑者を検挙した『組織犯罪対策第5課』というセクションについて。この所属の名称から、『組対がやっている以上、沢尻エリカは組織犯罪に手を染めていたのだ』『組対がやっている以上、沢尻エリカは犯罪組織に関係していたのだ』なる意見を見掛けたことがあるが、それは誤解である。

 ネットで警視庁の『組織犯罪対策第5課』の事務を検索すれば分かるとおり、これは要は、銃器薬物対策課だ。銃器事犯と薬物事犯の取締り等を専門的にやっているところで、ゆえに、対象が組織であることもあれば個人であることもある。無論、銃器・薬物を取り扱う組織犯罪を叩くのが仕事だが、検挙された個々の被疑者そのものが、例えば暴力団だのマフィアだのとベッタリ、ということには必ずしもならない。末端の顧客から、暴力団だのマフィアだのを突き上げてゆくというタイプの捜査もまったく自然だ。

 なお付け加えると、そもそも、薬物事犯の捜査は長いこと『生活安全部門』がやっていた。薬物対策課も、生活安全部門に置かれていた。それが『組織犯罪対策部門』に移管されたのは、平成15年・平成16年あたりのことでしかない。何が言いたいかというと、薬物事犯の捜査は生活安全部門がやっていたくらいだから、被疑者が今の組対5課に逮捕されたからといって、そのカンバンの名前だけで、被疑者本人が組織犯罪に手を染めているとか、犯罪組織と関係しているとか、そういった断定はできないということだ」

――ちなみに、薬物対策が生安部門から組対部門に移管されたのは何故か。

「オフィシャルな回答は警察白書等を読めば分かるが、実際上は、要は刑事(暴対)と生安の綱引きの結果である。

 暴対としては、『どうせヤクジュウ(薬物・銃器)は暴力団関係に決まっているんだから、生安から奪取したい』と思うのは当然だ。他方で生安は、そうなると大事な仕事を奪われるわけだから抵抗はするが、サイバー犯罪、DV・ストーカー・児童虐待等、人を割かなければならない新たな課題を多く抱えていた。今も抱えている。するとパワーシフトや組織改編が必要になる。そうした情勢と経緯における、綱引きの結果だ。

 ただ、移管当初から言われているのが、『刑事が薬物事犯をやるようになって、生安がそれをやっていた時代より、捜査が荒っぽくなった』ということ。むろん一般論にはできないだろうが、組織文化としてはなるほど、刑事より生安の方が緻密でマイルドではある(刑事には刑事で積極果敢なよさがある)」

――沢尻容疑者の捜査には大きく3つの誤解があるとのことだが、3番目は何か。

「いわゆる官邸の陰謀論である。政権が危機に陥ると、何故か有名人が薬物事犯で逮捕される、これは官邸の指示で警察が恣意的な捜査をやっているからだ……というあの話。

 これについては否定論も強いが、間違いなく否定論が正しい。そんな官邸の指示なり、恣意的な捜査なりは100%あり得ない」

――何故そう断言できるのか。

「第一に、薬物事犯の捜査の性質からそう言える。

 ここで、薬物事犯においては、薬物なり尿なりを『確実に』押さえなければ意味がない。もっといえば、(1)これは絶対に科学的に薬物なんですよといえるブツを押さえることと、(2)これは絶対に科学的に薬物の成分を含んだ尿なんですよといえる尿を押さえること、これが捜査の大前提である。

 しかもこの(1)(2)は、一度かぎりの、一発勝負で決めなければならない。(1)(2)を押さえることができるチャンスは、たったの一度きりである。何故一度きりなのかは言うまでもない。捜査がいったん空振ったら、相手方は二度と……少なくともしばらくは……薬物を所持も使用もしないだろうし、実は隠しおおせた証拠を確実に隠滅するからだ。忠臣蔵ではないが、『討ち入りは一度きり』であり、しかも『絶対に吉良上野介を発見してタマを獲らなければならない』のである。まして、有名人に対する討ち入りが失敗したとあらば、警察は大恥をかくばかりか、強烈な社会的非難にさらされる。違法捜査だ、冤罪だということで、今後の捜査が萎縮することすら考えられる。

 だから、警察としては……制服警察官が路上でシャブ狩りをするようなハンティングの場合を除いて……様々な手法を駆使して入手できた情報に基づいて、徹底した内偵捜査を行い、時に年単位の時間を費やし、対象の24時間も立ち回り先も接触した関係者も何もかも丸裸にして、石橋を叩いて叩いて叩いて、『今、絶対にブツを持っている』『今、絶対に尿から薬物成分が出る』と判断できたそのタイミングでしか討ち入りができない。そのタイミングでしか勝負を掛けられない。

 ところが、そのタイミングはまさか警察が自由に設定できるものではない。主婦が旦那さんの浮気の証拠を押さえるとか、浮気のその現場を押さえるとか、そうしたしみじみした例を考えても解ることだ。旦那さんがいつ浮気相手と会ってくれるか、旦那さんがいつ領収書だのプレゼントだのメールだのを持っていてくれるかは、まさか奥さんの方で決められることではないだろう。奥さんが調べ始めたらバッタリ1年間会わなくなったとか、そもそもプレゼントなんてもらっていないとか、受信したメールはその都度直ちに消去されているとか、実は人生相談をしてもらっているだけで一度も行為には及んでいないとか、そんなことは幾らでもあるだろう。

 これらはすべて、薬物事犯の捜査についても言える。

 被疑者がいつ薬物を所持してくれるか、被疑者がいつ薬物を使用してくれるかは、まさか警察や官邸の指示で決めることではあるまい。それを決めるのは、被疑者だけだ。警察はそれを見極めるべく、絶好のタイミングが来るのを、比喩的に言えばずっと闇の中で(被疑者にも誰にも抜けないように)、時に年単位の時間を費やしながら、ジッと息を殺して待っている。そしてイザ『そのとき』が来たなら、警察には、官邸だの何だのの指示を待っている暇はない。今押さえなければ浮気の証拠は消される、今踏み込まなければ浮気の行為は押さえられない、それと同じことだ。そして『そのとき』が来たなら、もう一分一秒を争う勝負になる。吉良上野介が何月何日何時ころ絶対確実に屋敷にいると、その情報が入ったなら、それはもう寸秒を惜しんでそのときに勝負を掛けるしかないだろう。そんな絶好の機会は『そのとき・そこだけ』しかないから。

 これらを要するに……被疑者そのものが陰謀仲間でないのなら……警察は絶対に、思いどおりにタイミングを決められない、ということだ。そのタイミングが明日なのか1年後なのか永遠に来ないのかは分からない。当の警察にすらタイミングが分からないのに、どうやって都合よく特定の時期に検挙できるのか。そんなことはできない。だから陰謀論は100%誤りである」

――他に、陰謀論を否定できる根拠はあるか。

「根拠の第二として、今回の警視庁による討ち入りは……現場で多大な労苦を重ねている捜査員のことを思うと言葉の選択に迷うが……おそらくは『失敗した部分が多いもの』『何らかの事情で確実性を犠牲にして急がなければならなかったもの』だということがある。だから、事態の推移によっては、被疑者を逮捕できなかった可能性すらある。そのとき警視庁は、いわば敗戦処理でおおわらわとなる。まさか政権の危機を救うなどという話にはならない。

 要は、今般の事案は、確実に成功する討ち入りではなかった可能性があるということ。そして陰謀論が正しいのなら、そんな段階で討ち入りはしないしさせないはずだ」

――失敗の可能性があったとなると、今回の捜査は、実は上手く行かなかったということか。

「それは、実際に捜査をしている捜査員にしか分からないことだが……報道を見るかぎり、なんというか、あの大警視庁にしては不思議だ、どうしてこういう展開になったのか、と思うことはある」

――例えば、どんなことが不思議か。

「被疑者に対してまず最初に、任意で(だから強制でなく、承諾を得て)『職務質問』『所持品検査』を実施しているが、その所持品検査があざやかに空振ったこと。この所持品検査では、何のブツも発見できなかった。ここで、さっきしつこく述べたとおり、『討ち入りは一度きり』『絶対にタマを獲らなければならない』のが内偵捜査である。とすれば、あの大警視庁がイザ所持品検査を仕掛けたというのなら、それは『この所持品検査で確実にブツが出てくる』『それで逮捕できる』という勝算があってのことだろうし、そうでなければ指し筋として不合理だ。ところが、この初手の所持品検査でいきなり空振り……

 しかも、一部報道によれば、警視庁が狙っていたのは、実際に押収できたMDMAではなく、『別の薬物』だったという。この所持品検査もその『別の薬物』狙いだったという。ならこの所持品検査は、『ブツが出て来なかった』というのみならず、『違うブツを狙って何も獲られなかった』という意味でも空振りである。

 まして、その空振った所持品検査の後、いよいよ強制捜査に……ガサに移行したわけだが、そのガサでも、狙っていた『別の薬物』は結局、発見できていない。発見できたのはMDMAで、しかも『被疑者本人の指示説明によって発見できた』というのが報道の告げるところだ。おまけにそのMDMAもわずか0.09g、錠剤1錠分。そしてこの0.09gが、本件討ち入りの唯一の成果である。というのも、被疑者の尿からは、MDMAもその別の薬物もひっくるめて、違法薬物の反応が全く出なかったからだ(なお『逮捕後に』あと0.108g、MDMAと鑑定された分があるが、それは逮捕時の成果物とはいえない)」

――それは、不思議というより、ハッキリ言って失敗ということではないか。

「実際の捜査の現場においては、我々一般人が報道から知り得る以上の労苦と事情が存在するから、これを『失敗』というのは無礼が過ぎる。

 しかし、『討ち入りの目的を達成できたか?』というと……それは否だ。目的は達成できなかったと、外から見る分にはそう言うしかない。そして狙っていたのが『別の薬物』である以上、MDMAが押収できたのは、いよいよ偶然の線も濃い。MDMAは、討ち入りにおいて想定していなかった薬物だからだ。

 ゆえに、もしこの想定外の、しかも唯一の成果物であるMDMA0.09gが押収できていなかったら……と考えると、元警察官としては背筋が冷える。そのときは完全敗北、白旗を上げて沢尻エリカさんにゴメンナサイしなければならないからだ(もっとも、警視庁が別の薬物だけを狙っていたというのが、本当に真実なのかは分からない。だから、『当初からMDMAをも狙っていて、そっちは予定どおり確保した』という話もあり得なくはない。それにしては量が少ないとも思うが……)。

 いずれにせよ、MDMAが押収できたのは、報道されている事実関係を前提とするかぎり、結果論、結果オーライ、しかも結果ギリギリオーライである。そうである以上、誰が陰謀の主かは知らないが、『確実に大きなスキャンダルとなることを狙って仕掛けた』というのには到底、無理がある」

――元総理大臣が「政府がスキャンダルを犯したとき、それ以上に国民が関心を示すスキャンダルで政府のスキャンダルを覆い隠すのが目的である」旨をツイートしているが、どう思うか。

「反論以前に、とても不思議に思う。

 というのも、元総理大臣ともあらば、元は官邸の主である。なら、官邸がどのように警察を動かすかは、御発言が真実ならば、熟知しておられるはずだ。そして自説をつらぬかれるのなら……仮に御自分はそのような行為に手を染めておられないとしても……過去の政権がどのようにそれを遂行したかを、具体的に述べられればよいのではないだろうか。そうすれば御発言の信用性は一気に増し、市民も大いに納得するだろう。私も自説を撤回する。

 例えば、『内閣情報官を使ってこうするのだ』『内閣官房副長官を通じてこうするのだ』『警察庁長官を呼びつけてこうするのだ』『警視総監にこう電話を架けるのだ』『過去には誰某総理がこういう手法でこうしたのだ』『日頃から警備公安を使ってこういうリストを作成しておくのだ』、だから私はこうツイートできるのだ……といったことを、御発言の論拠として示されれば、実に説得力があるのではないだろうか」

――共産主義やオウムの退潮によってリストラの危機にある公安警察が、政権の意を酌んで動いているのだ、という指摘もあるが。

「ありえない。国際テロ対策、御代替わり関係諸対策、オリ・パラ諸対策等々を考えただけでも、警備警察(警備実施部門のみならず、公安部門をも含めて警備警察という)は多忙である。無論、それら以外の仕事も日頃から腐るほどある。警備警察はそんなに暇でも物好きでもない。組対部門に諸手を挙げて協力するほど慈善家でもない」

――今回の警視庁の捜査が、結局、失敗のようにも見えるのは何故か。

「重ねて、失敗と断言できるものではないが、それは、例えば……

 例えばTBSさんは、もう『逮捕の前日から』被疑者の自宅周辺を張り込んでいたと、自ら明らかにしている。これすなわち、着手の情報が既にメディアに漏れていたということだ(こういうのは、1社にだけ抜けることもあれば、ボロボロと多数社に抜けることもある)。

 そして、それを漏らしたのは警察ではあり得ない。何故と言って、漏らせば必ず報道されるから。報道されれば必ず証拠は隠滅されるから。よって内偵捜査がまったくの無駄になるから。ゆえに、組織としての警察が、このような極めて慎重を期するべき特異事案の情報を漏らすことはあり得ない(個人としての、不心得な警察官は残念ながらいるが)。

 なら、情報は漏れたのである。

 そして重要な着手情報が漏れたとき、警察は決断を迫られる。『どうにか報道を控えてくれと懇々と頼む』か、あるいは『タイミング云々を無視してすぐさま着手する』かである。

 ここで、仮に前者がいったん成功したとしても、何日ももたない。この場合、警察の正義は事件検挙(証拠隠滅の防止)だが、メディアの正義は他のどこよりも早くすっぱ抜き、国民の知る権利に応えることだからだ。ここでその是非は論じないが。

 また、後者を選択すれば、とにかくメディアが報じる前に、一分一秒でも早く、態勢が整わなかろうが成功の確証がなかろうが、どれだけ『今この時点ではやりたくない!!』と思おうが、もうやるしかない。討ち入るしかない」

――情報が漏れたからバタバタと踏み切ったということか。

「実際の事情と、実際になされた決断は知りようもない。だが、TBSさんの言動ひとつを見ても、警視庁が急がなければならない状態に置かれたのは間違いない。だから、警視庁としては、このタイミングではやりたくなかったとしても不思議はない(もちろん、情報が抜けることも想定の上で、抜けた場合にすぐさま、直ちに対処できるシナリオを練っていた可能性はある。それは捜査員にしか分からない)。

 ただ、水面上に浮かんでいる事実関係だけを見ても、現実にメディアの、なんというか露骨な動きがあり(被疑者本人に抜けてもおかしくない露骨な動きだ)、そして現実にその『翌日すぐに』討ち入りは実行された。また既に述べたとおり、その討ち入りの現場では、事態は警視庁のシナリオどおりに進まなかった可能性が強い。

 この流れを踏まえると、警視庁は今回、『確実性・絶対性をある程度犠牲にした、急ぎの討ち入り』をしなければならなかったのではないか、とも思える。とすれば、結果として偶然に頼ったように見えることにも説明は付く。重ねて、真実は捜査員にしか知り得ないが(実は私にも、恥ずかしながら内偵捜査において某新聞社さん1社に着手の情報をとられてしまった経験があり、ゆえにそれが判明したその夜のうちに、そう次の朝刊が被疑者の家に配達される時間が来る前に、令状の夜間執行で直ちに討ち入りをしてしまおうかどうか、真剣に苦悶したことがある)」

――その話を聞くと、逆に陰謀論が成立する余地があるのではと思える。というのも、陰謀の主は、内偵捜査の情報を得るや、『大掛かりな騒ぎを起こす』のを目的に、警察捜査の成功・失敗に関係なく、TBSその他に情報を流したとも考えられるからだ。情報を流せば警察は動かざるを得ない、というのなら、情報をメディアに流して警察に動くことを強制し、大掛かりな騒ぎを引き起こすことが可能なのではないか。それは警察の成功・失敗にかかわらず、陰謀の成功と言えるのではないか。

「実にうがった御指摘だが……よく考えればその場合、『陰謀の主は、直接警察を動かすだけの権力がない』ことになる。というのも、それだけの権力があるのなら、有無を言わせず『やれ!』だけでよく、そんなビリヤード式の仕掛けをする必要がないからだ。

 するとおかしなことになる。

 その場合、警察は、自分を直接動かせるような権力でも何でもない存在に対して、重要特異な内偵捜査の情報を、何の親切か、教えてやっていることになる。そんなバカなことはない。そんなこと警察にとって何のメリットもない。あるのは内偵捜査が破綻するデメリットだけだ。

 ゆえに、御指摘の分析については、『その程度の力しかない陰謀の主は、そもそも警察組織から内偵捜査の情報を得られはしない』と考える。百歩譲って、不届きな警察官個人に情報を売ってもらったとか、はたまた(かなり想定しづらいが)警察とは全く別のルートでそれを知ったとか、そうしたときには御指摘の分析も成立しうるが……そうなるとその場合、少なくとも警察組織は陰謀に全く関係ないどころか、事件捜査をつぶされるという意味で、陰謀の被害者となろう。そこまでゆくと、それはもう『警察に関係のない話』で、私の思考範囲外である。

 ちなみに、御指摘の分析の場合、陰謀の主は警視庁に指揮命令ができない以上、警視庁の側が独自に『今回は見送る』『今回は撤退する』『今回は時期を待つ』といった判断をした可能性も大いにあるわけで、陰謀はかなり偶然性に頼ったバクチとなる。というのも、メディアの動きがどれだけ派手になるかは火つけ側にも分からないわけで(メディアが完全に統制できるなら警察も完全に統制できるだろう……)、火事が派手になればなるほど、警視庁としては『もう証拠は隠滅された』『もう被疑者は警戒態勢に入った』と考えざるを得ず、よって討ち入りをやめる方向へ大きく傾くからだ」

――最後に、事件の今後の見通しは。

「尿の鑑定結果が陰性だったので、『実際に使用した』ことは立証できなくなった。だから使用罪は立たない。

 残るは当初からの、MDMA少なくとも0.09gの所持罪である。そして被疑者は『私の物に間違いない』『自分で使用するために持っていた』『イベント会場でもらった』旨を自白しているとの報道があるが、他方で、『彼氏から預かった物を持っていた』旨の説明をしているとの報道もある。

 ここで、むろん警察は所持罪で身柄をとり、裁判官の令状審査も受けているし、検察もまたそれを是として勾留請求をしている。よって警察・検察としては、具体的な入手経路の解明、彼氏・同居人その他の関係者に係る捜査、具体的なMDMAの隠し方や被疑者の指示説明内容等の丁寧な立証、その他の薬物の使用状況の解明等によって『彼氏から預かった物を持っていた』なる弁解を崩すスタンスで臨むところだが……

 もし、預かったというのが真実で、自分で使用する目的がなかったのも真実で……みたいなことになると、検察が起訴したくてもできない、ということはあり得る」

――それは警察の全面敗北ではないか。

「そのとおりだ。

 だから警察としては、仮に『預かった』というのが真実だとしても、それがMDMAであることを……あるいは違法な薬物であることを『認識した上で』預かったのだということを、自白以外の諸々の証拠によって、証明してゆくこととなる(そうすれば所持罪は立つ)。自白を抜いたとき客観的に犯罪を立証できるカードは何か。それを検討し準備してゆくのが犯罪捜査の大前提だし、本件のような事案では、被疑者はどのみち完全否認に転じるものだと、最初から腹をくくっておくべきだから。

 また検察としても、既に勾留請求をしている以上、戦う姿勢があるわけで、まして社会的にインパクトのある著名な者の薬物事犯とあらば、社会に警鐘を鳴らし薬物事犯を抑止する観点からも、どうにか起訴に持ち込もうとするだろう(よほど立証の筋が悪く……要は証拠の手持ちカードが悪く……どう考えても刑事裁判で勝ち目はない、となれば話は別だが)」

――当初の0.09g・錠剤1錠分という量は、起訴や処罰に影響を与えるか。

「私はMDMAの、なんというか所持の量の『相場観』を知らないが、覚醒剤の相場観でいえば、『0.0068g』の所持で起訴され有罪判決が出た古典的事例がある。今検索したら、さらに、『0.001g』なる微量の所持でもそうなった事例があるそうだ。これらは、覚醒剤の1回分の使用量に、全然満たない量である。

 今般は、当初のMDMAが0.09gとはいえ、その錠剤1錠分に当たるとのことなので、覚醒剤の相場観を踏まえると、まさか少なすぎるとは言えないと思う」

――処罰は具体的にどうなるか。

「薬物事犯の処罰には確固とした相場がある。営利目的があるか、初犯かどうか、大量かどうか等の細かい議論をすべて省略すれば、『懲役1年6月・執行猶予3年』というのがテンプレである。

 あまりにテンプレなので、全く争いのない事案なら、検察官の法廷での仕事は、重い処分を求めて戦ったり捜査の適法性を主張することでなく、被告人にキッツいお説教をすることになったりする(否認事件であったり、捜査手続の適法性が争われている事案であれば、過酷な戦いとなるが……)。昔、私の女性の指導検事さんが法廷で、ヒールの音も高らかに、薬物事犯の被告人に対して『あなた本当に反省してるの!?』『自分がやったことの重さ、本当に解ってる!?』『自分がアダルトチルドレンだからどうだこうだっていうのは言い訳でしょ!!』みたいなことを激昂調で、大声でお説教していたのを思い出す。ただそれは演技もあろうし、そもそも『相場と結果が解っている』からだ。またこの相場は、時に現場警察官に無力感を与えることもある(『どうせ1年半の3年だからなあ……』)。

 いずれにせよ、もし有罪判決が出るのなら、この相場に沿ったものとなるだろう」

古野まほろ
東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部修士課程修了。学位授与機構より学士(文学)。警察庁I種警察官として警察署、警察本部、海外、警察庁等で勤務し、警察大学校主任教授にて退官。警察官僚として法学書の著書多数。作家として有栖川有栖・綾辻行人両氏に師事、小説の著書多数。

デイリー新潮編集部

2019年11月28日掲載