阿部詩が柔道GS大会で兄・一二三も困惑するほど号泣 怪物アスリートとの共通点

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首の皮つないだ気迫の兄

 阿部詩は8月の世界選手権(東京)では圧巻で優勝し2連覇していた。一方、兄の一二三はこの時、丸山に敗れて3位に甘んじて五輪が遠のき、同席したメダリスト会見でも目を腫らした痛々しい姿で先に退席した兄を妹が心配していたが、今回は逆になった。

 この日の阿部一二三の迫力は無類だった。3連敗中の丸山に負ければ五輪はない。手負いの猛獣のような目つきで丸山に迫る。一方の丸山は勝てば五輪内定だ。

 大柄な金髪の女性審判が「待て」と止めても、そんな声は耳に入らない二人が場外で投げ合い続ける死闘。阿部一二三が丸山の背中側の帯を握ったまま力で何度も投げようとする。丸山は得意の寝技に引き込もうと巴投げを繰り出すが阿部は凌ぐ。延長3分27秒、丸山が内股に入りかけたところを阿部が跳ね返して、丸山の体が畳に落ちた。

 決まり技は支え釣り込み足だったが、阿部にはそんな技をかけた覚えはないだろう。阿部の強い力に「無理か」と丸山が足を戻しかけたのと阿部が捻ったタイミングが合ってしまった印象だ。阿部は久しぶりにガッツポーズで微笑んだ。代表争いは「阿部は残るあらゆる試合を全勝するしかない」(男子日本代表の井上康生監督)とまだ丸山がリードする。

 そんな兄の奮戦に「お兄ちゃんの優勝で私も腹をくくれたのに……」と妹は泣いた。今春、神戸の名門、夙川学院高校から大好きな兄を追うように日本体育大学に入学した阿部詩が、有名選手になってから初めて訪れた大きな試練だが、女子日本代表の増地克之監督は五輪代表について「まだ(阿部詩に)アドバンテージがある。勝負の怖さを知ったと思う。畳の上で自分を信じて力を出しきれるかです」と語った。詩は最後には「この悔しい思いがよかったと言えるくらい、さらに強くなりたい」と前を向いた。

 アベック優勝はしばらく遠のいているが、仲の良い努力家の兄妹は励ましあって東京五輪へ突き進む。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年11月25日掲載

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