台風19号、犠牲者の実名公表の意義 責任を押し付け合う「国」と「自治体」

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遺族感情を盾に

「重大な事件や災害に関わる情報は、公的な機関がきちんと公表すべきです。少なくとも、役所の胸ひとつで非公表と決めていい問題ではありません」

 メディア法に詳しい早稲田大学非常勤講師の田島泰彦氏は手厳しい。

「犠牲者の職業や社会的な立場、被害に遭った状況などは一人ひとり異なります。誰がどのような経緯を辿って災害に巻き込まれたのかといった情報は、今後の災害対策を練る上で非常に重要です。こうした教訓を社会全体で共有するためにも実名報道が必要なのです。氏名が非公表となれば、犠牲者の亡くなった背景は分からず、国や自治体の対応に不手際があっても隠蔽される恐れすらあります」

 評論家の呉智英氏もこれに首肯する。

「自治体が、“ルールは国で決めてくれ”と言って判断を棚上げし、実名を伏せるのは責任回避のための逃げ口上だと思います。事なかれ主義ではなく、もっと本質的な議論をすべきです」

 京アニ放火事件もそうだったように、今回の台風でも「遺族の了承が得られなかった」ことを匿名の理由に挙げる自治体は少なくなかった。だが、遺族の了承が不可欠となれば災害や事件、事故の犠牲者の匿名化という風潮は、今後ますます強まるだろう。この点、呉氏はこう続けるのだ。

「もちろん、天災であろうと犯罪であろうと大切な家族を亡くした遺族の悲しみは理解できます。しかし、遺族感情を盾に、これ以上、報道の自由を狭めるべきなのか、そろそろ真剣に考える時期に差し掛かっている。災害による犠牲者を匿名にするのなら、事件や事故についての実名報道はほぼ不可能になります。そうではなく、実名報道を蓄積して真相を究明し、公共情報として残すことこそが、犠牲者にとって最大の慰霊になるのではないでしょうか」

 無論、犠牲者の実名を報じる以上、メディアの側にも大きな責任が生じる。服部孝章・立教大学名誉教授(メディア法)によれば、

「実名報道を行うには、記者が現場に足を運び、取材を重ねるなど、慎重で労力を伴う作業が必要です。その結果、シビアで研ぎ澄まされた報道が生まれるわけです。しかし、報道の匿名化が進めばフェイクニュースがより増加して、最終的にメディアは国家が公表した事実をなぞるだけの“広報機関”になってしまう。警察や自治体、国が互いに責任を押し付け合い、実名報道バッシングが過熱することで一体誰が得をするのか。それは本来、メディアに監視されるべき権力者でしょう」

 犠牲者の実名を文字に刻むこと。それはすなわち、後世の人々が彼らの人生とその無念を胸に刻むことに他ならない。

週刊新潮 2019年11月14日号掲載

特集「国と自治体が責任の押し付けあい 『台風19号』実名を公表されなかった『犠牲者60人』の人生」より

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