好調「ドクターX」の死角 視聴率が20%を超えない要因は“悪役”?

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面白すぎる西田敏行

 その一つは……。未知子にとって仇役であるはずの東帝大学病院病院長・蛭間重勝(西田敏行、72)が、面白過ぎる。「水戸黄門」と同じく、仇役は憎らしいほどドラマが冴えるが、西田の演技はあまりに愉快だ。

 例えば10月31日放送の第3話。蛭間は医療機器の不正導入の疑いで東京地検に逮捕されたが、不起訴に。その祝いを次世代超低侵襲外科治療担当部長・加地秀樹(勝村政信、56)と元外科部長・海老名敬(遠藤憲一、58)が開いてくれたのだが、店が大衆的な「もんじゃ焼き屋」だったことから、子供のようにヘソを曲げ、同じ店に未知子がいることを知ると、今度は破顔一笑。その表情の変化だけで思わず吹いてしまった。

 さすがは若いころからシリアスもコメディも抜群にうまい西田だ。半面、悪党であるはずの蛭間が、いつの間にか随分とチャーミングなキャラクターになってしまった。

 蛭間の登場は第2シリーズからだった。東帝大の傘下にある帝都医科大学付属病院の外科統括部長で、威張り散らし、人事を意のままに操る嫌味な男だった。

 悪事が祟り、東帝大から放逐されると、第3シリーズからは関西のライバル西京大学の病院長に収まった。横暴な性格はそのままだったが、言葉は関西弁に。まるで西田が関西最大の暴力団「花菱会」の若頭を演じた映画「アウトレイジ ビヨンド」(2012年)のようだった。

 第4シリーズ以降の西田は東帝大病院長の蛭間を演じ続けている。西田は「ドクターX」を大成功に導いた立役者であるものの、もう少し悪党らしくしたほうがいいのかもしれない。「アウトレイジ ビヨンド」の公開時、北野武監督(72)は「西田さんのアドリブには困りました」と語っていたが、「ドクターX」ではコミカルなアドリブを控えたほうがいいのではないか。

 第6シーズンでの未知子にはもう一人仇役がいる。海外投資ファンドの代表として、巨額の赤字を抱えた東帝大病院の経営立て直しに乗り込んだ副院長のニコラス丹下(市村正親、70)である。ただし、丹下も4話までの時点では、そんなに悪い奴とは思えない。

 第1話で未知子はニコラスが信奉するAI(人工知能)の指示に抗い、病院の食堂で働く岩田一子(松坂慶子、67)の命を救うが、ニコラスは嫌味一つ言わず、逆に未知子に感謝した。

 第3話でニコラスは厚生労働相・梅沢(角野卓造、71)の舌がんを化学療法で治そうとするが、未知子がこれを無視。目のがんも含めて手術で治してしまった。もっとも、これもニコラスは許した。

「未知子が正しいからニコラスは咎められない」と言ってしまえば、それまでだが、過去のシリーズの悪党は違った。例えば前作の第5シリーズで陣内孝則(61)が演じた猪又孝・東帝大病院外科副部長はとことんゲスだった。

 猪又は気位が高い一方、正職員でない未知子を蔑み、それでいて外科医としての腕は良くない。見立てを誤ることもあったし、手術中に逃げ出してしまったこともあった。未知子の手柄を横取りしたこともある。

 悪党が悪党らしく、その悪党を未知子が完膚なきまでにやっつけるほど、「ドクターX」はより高いカタルシスが得られる。「水戸黄門」は悪役が憎らしいほど結末が痛快だが、それと同じだ。

 第2シーズンに帝都医科大学付属病院第2外科教授として初登場し、その後のシリーズ全てに登場している海老名敬(遠藤)も、すっかりお茶目なキャラクターになってしまった。もはや悪党色はゼロだ。もともと弱気なキャラクターで、一方で未知子に一目おいていたが、ヒラの医師になってしまった今や威厳の欠片もない。肩書きで態度が変わるのは世間のサラリーマンと一緒で、その点は比喩として面白いが……。

 となると、第6シーズンから登場しているニコラス派の医師の悪党ぶりに期待がかかるが、次世代インテリジェンス手術担当外科部長・潮一摩(ユースケ・サンタマリア、48)はやはり悪党に映らない。

 アメリカ帰りの医師で、AIを駆使して医療のコストカットを図っているが、農業を営む母・四糸乃(倍賞美津子、72)の体を心配し、AIの診断ミスを未知子が発見し、四糸乃を救うと、安堵した。孝行息子だ。

 同じくニコラス派の医師で、次世代がんゲノム・腫瘍内科部長の浜地真理を演じている清水ミチコ(59)はプロの俳優、女優に混じって好演を見せているが、こちらも悪党としては小粒感が否めない。

 浜地は鼻持ちならないエリートで、未知子に向かって「バイトの分際で」と威張り散らし、夫や子供の自慢をするが、ハナから未知子には相手にされない。話すら聞いてもらえない。格が違う。コメディリリーフ扱いなのだろうが、もうちょっと歯ごたえのある悪党にしたほうが物語は面白くなる気がする。

 ただ、それでも4話までの平均視聴率18.8%はお見事。その脚本は現在では複数の作家が書いているが、原作者でメーンライターは中園ミホさん(60)である。2007年には名作の誉れ高い「ハケンの品格」(2007年)を書いている。

 「ドクターX」のルーツ的ドラマとも言える「ハケンの品格」が作られたのは、企業の都合で、個人の生活を考えず、派遣社員を斬り捨てることが社会問題化し始めたころ。主人公の派遣社員・大前春子(篠原涼子、46)は怖しく仕事が出来る一方、派遣先に媚びず、同僚との不毛な付き合いはしなかった。それが見る側の共感を呼んだ。

 「ドクターX」がウケているのも、年功序列や学歴重視、正社員最優遇など日本独特の因習が残る会社がいまだ多く、それに反発する人が多いからに違いない。未知子は自分の腕を武器に、好きなように生きている。一方、東帝大病院は歴史しか売り物がない大企業のようなものなのだろう。

 日本の会社、ひいては社会が変わらない限り、「ドクターX」でカタルシスを得ようとする人は消えず、その人気が著しく衰えることはないはずだ。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
ライター、エディター。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年11月14日掲載

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