中谷美紀が「恋をしたときの感情のジェットコースター」を見事に体現!

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 芸能人やアニメ・ゲームのキャラクターではなく、身近で生身の人間に恋をしている人はどれくらいいるだろうか。あの、恋をしたときの、どんどんバカになる自分に心底辟易しながらも、胸の高鳴りを抑えられず、体温と血圧が上昇する感じ。勝手な思い込みで浮かれたり落ち込んだりして、傍から見ると相当面倒臭くて厄介な、あの感じ。

 そんな感情のジェットコースターを見事に体現したのが、テレ東のドラマスペシャル「あの家に暮らす四人の女」(9月30日放送)だった。主人公の中谷美紀が「久方ぶりにこの胸に恋の小鳥がすみついてしまったの~」と吐露する場面があまりに可笑(おか)しくて可愛くて。自分が恋に落ちた瞬間を14年ぶりに思い出したくらい。

 最初は、築80年の洋館に女4人が住むという設定だけ聞いて、よくある「わちゃわちゃ姦(かしま)し系」か「ほっこりファンタジー系」だとタカをくくっていた。確かにファンタジー要素もちょっとあるのだが、ある種のサスペンス風味も含まれている。さらには、きっちりと現代の恋愛事情、男と女の攻防戦も組み込んであり、連ドラでもイケそうな濃度。2時間があっという間、途中もまったく飽きなかった。

 ほら、2時間モノって大概が中だるみするでしょ? 睡魔に襲われるか、冷蔵庫に酒を取りに行くついでに、つまみを探していたら終わってたというのが常だから。

 中谷はこの洋館の住人で、生業は刺繍作家。母・宮本信子と暮らしている。祖父の時代から秘書兼作男として仕えている田中泯(みん)も、同じ敷地内に住む。田中は高倉健気取りの寡黙な男で、宮本と中谷に従順に奉仕。

 永作博美は自宅の水漏れ事故で、中谷の家に避難。永作と同じ会社の後輩・吉岡里帆は元彼からストーキングされて、同じく避難。水難と男難に遭ったふたりを快く受け入れたのが中谷&宮本の母娘だったわけだ。

 中谷は、家に来た内装業者の要潤にひと目惚れするも、昼にどう見ても手作りの弁当を食べる要を既婚者と悟り、たった1日で失恋。永作は身勝手な男との不倫に疲労困憊(こんぱい)。吉岡はクズでヒモの元彼を無下に扱えず。そして宮本は、一切働かず旅に出ては財産を食いつぶしかけたクズ夫を、家から追い出した過去がある。

 このドラマ、すごくいろいろな要素が入っているのだが、ファンタジー要素はカッパとカラスが担い、サスペンス要素はカッパと泥棒が担い、胸キュン要素は要が担う。なんのこっちゃと思うでしょうが、これが実にうまく絡みながらも、流れていくんですわ。とにかく中谷の感情表現の七変化が最高に面白い。刺繍作家というフリーの職業にまつわる愚痴も首肯しまくり。宮本や田中の老いも、愛おしい。自立できているからこそ、くすっと笑える。

 これを観て、秋はやはり大人の恋の季節だと思った。いろいろなものを諦めて捨てて、でもそれとは別にいろいろなものを身につけた大人は、収穫の秋に恋をするのだ。あれ、なんか文章が小泉進次郎化。ドヤ顔で中身ゼロ、みたいな。でもこのドラマ、セクシーです。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2019年10月17日号掲載

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