着ぐるみ“中の人”の悲痛な告白 暑い、クサい、重い…いつも気絶寸前の重労働

国内 社会

  • ブックマーク

Advertisement

 テーマパークなどで見かける“着ぐるみ”の中に入る仕事は、一歩間違えれば命を落としかねない重労働であることをご存じだろうか。事実、今年2019年7月には大阪府枚方市にある「ひらかたパーク」で、着ぐるみアルバイトの男性が熱中症で亡くなるという事件も起きた。「中の人はいない」という子どもの夢を守るためか、着ぐるみ業界の人々の本音はなかなか表に出ることはない。だが、彼らは仮面の下で涙を流すことも少なくないという……。

 ***

 外からはまったくわからないが、着ぐるみアクターは圧倒的に女性が多いという。その理由を、某テーマパークで着ぐるみアクターとして働いていた茜さん(仮名・27歳)は、次のように語る。

「身長の高い人が入ると着ぐるみが巨大になってしまうため、子どもたちからすると大きすぎて恐怖を与えかねません。それを防ぐため、中の人の適性身長は、140cm後半~150cm前半であることが多く、必然的に女性の方が就きやすくなります」

 キャラクターによっては高身長の人が求められる場合もあるそうだが、往々にして低身長の人が重宝されるのがこの業界。さらに、身長が低ければ低いほど演じられるキャラクターが増える傾向にあるため、身長を低くサバを読む人もいるという。

 茜さんは、幼い頃から人前に立つことが好きで、且つ子どもと触れ合える仕事に就きたいと考えていた。そんな折、たまたま見かけた近所のテーマパークの着ぐるみアクターの求人に応募。オーディションを経て、晴れてアルバイトとして採用された。

「過酷な仕事だというのはある程度承知のうえでしたが、実際中に入ってみると、想像の数倍は厳しくて…。とくに暑さは尋常ではありませんでした」

 最近では、軽量で通気性が良く、空気で膨らませるタイプの着ぐるみもある。だが、茜さんが入っていたのは、体にぴたっとフィットする胴体部と、相当な重量の頭部パーツなどからなる、ウレタンタイプの着ぐるみだった。

「ウレタンタイプの着ぐるみは体との密着度が高いので、汗がつかないよう、全身タイツのような締め付けの強いスーツを着用してから中に入ります。このスーツによって目元以外が覆われ、そのうえ熱がこもるので、中は経験したことのないような暑さになるんです」

 テーマパークの着ぐるみは、グリーティング(挨拶)以外にショーやパレードへの出演もあることから、動作性に優れたウレタンタイプが多いのだ。

「臭い」「重い」客の暴力に「痛い!」

 いくらインナーで汗が付着しないように気を付けたとしても、あまりの暑さで大量の汗をかく。そのため、どうしても内部にはニオイが染み付いてしまうそうだ。

「着ぐるみに入る前後では必ず制汗スプレーを使ったり、デオドラントボディシートを使ったりとケアもしますが、あまり意味はないですね。同僚にワキガの人がいて、その人が入った後の着ぐるみに入るのは地獄でした…。その同僚は、上司に『あまりにも臭くて業務に差し障る』と指摘され、病院に行きました。労災扱いだったんじゃないですかね」

 ワキガが労災で処理されるというのは、着ぐるみ業界ならではだろう。

「控室には、熱中症対策の経口補水液や塩飴、冷感スプレーのほかに、デオドラントアイテムも豊富に置いてありました」

 また、尋常ではない暑さと臭さに加えて、中の人を苦しめるのが「重さ」だ。

「多少の差はありますが、大体の着ぐるみは頭部パーツがすごく重くて、それを支える首と肩は使っているとボロボロになるんです。そのうえ、視界がとても狭く、覗き穴の位置も微妙。元職場にあったほとんどの着ぐるみは、口の部分から外を見るように作られていましたが、キャラクターの口ってアクターの顎あたりの位置にあるので、前すらろくに見えないんです。だから視界を確保するために、重たい頭を倒して首を傾げるポーズをとったり、頷くふりをして頭を上に大きく動かしたりしなくてはなりません。これによる首へのダメージは相当でしたね」

 しかも、キャラクターそれぞれの個性を表現するために、大きくハッキリとした動きを求められる時もあれば、すばしっこく動き回ることを要求されることも。数十キロにも及ぶ着ぐるみを纏いながらのアクションは肉体を酷使するが、問題はこれだけではない。

「前方すらまともに見えない状況で、後ろから急に抱きつかれて体を持ち上げられそうになったり、頭を叩かれたり……。心無いお客様の行動に悲しくなることもよくありました。そういうことをするのは大抵大人で、仕事中は屈託のない子どもたちの笑顔が唯一の癒やしでしたね」

 着ぐるみの中の人は、子どもの夢を壊さないために何をされても喋らない。そういう事情を理解しない“大人”は意外に多いという。

大手との衝撃の待遇差

 着ぐるみアクターの出演時間は、一般的に30分間キャラクターの中に入った後、同じ時間だけ休んでから次の出番を迎える。しかし、脱衣後の着ぐるみのケアや制汗処理など、次の稼働に向けた準備をしていると30分などあっという間に過ぎてしまうという。

「軽度の熱中症になるとか、膝や首の痛みなんてのは、誰もが経験していましたね。気絶寸前の状態で働いても時給はほぼ最低賃金でした。給料自体が低いことも不満でしたが、それ以上に涼しい屋内で接客している他の部署のスタッフと給与額の差がないことが悔しかったです。私たちは命がけで働いてるのに、着ぐるみアクターの仕事は軽んじられているんだなあ…、と常々感じてました」

 待遇差の話でいえば、茜さんの職場と有名テーマパークとの差も大きかったという。

「誰もが知っている大手テーマパークでは、気温によって着ぐるみの中に入る時間が短縮されたり、あまりにも気温が高い場合には、控室で待機しているように指示されると聞きました。待機中でも、1200円近い時給が発生するそうです。私が働いていた施設は、気温が何度だろうと時給は変わらず、休憩もなしで働かされ続けていたので、その格差を知ったときは愕然としましたね」

 茜さんは「エンタメ業界は待遇の格差が激しく、よほどの大手を除いて、人として扱われないケースが少なくない」とこぼす。だが、色々と不満はあるものの、茜さんは今も同じ業界の他職種(事務方)で働いている。

「着ぐるみの仕事は、体力的な厳しさと、結婚を考えた時に女性ばかりの職場では出会いがないことに不安を覚え辞めました。でも、お客様が笑顔になってくれたり、『楽しかった!』と言ってくれると、この業界からなかなか抜け出せないんですよね」

 エンタメ業界の中でも、とりわけ着ぐるみなどのショービジネスは、お客さんに直接感動を与えられる職種である。その悦びを一度でも味わうと病みつきになってしまうのだろう。

 命懸けで笑顔や感動を提供する着ぐるみアクターが、どうか心身の健康と安全が保証された環境で、働きに見合う対価を得ながら活躍できることを、願ってやまない。

取材・文/ますだポム子(清談社)

週刊新潮WEB取材班

2019年10月6日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。