東京のエスカレーター事故は年間1400件、「歩かず2列で」の“名古屋ルール”に学ぶべし

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 朝の通勤ラッシュ、夜の帰宅ラッシュ時になると、混雑する駅のエスカレーター。どんなに混んでいようと、歩行者が通るために“片側空け”が暗黙のルールとされているが、追い抜く際に接触することで、事故の危険性も高まる。JRなどの鉄道事業者も事故防止のため、2列で立ち止まって乗るよう呼びかけているが、まったく定着していない。エスカレーターの歴史やマナーに詳しい江戸川大学名誉教授の斗鬼正一氏に詳しい話を聞いた

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 まずエスカレーターの歴史をざっと振り返ってみたい。日本で初めて登場したのは、1914(大正3年)年3月、上野公園で開催された東京大正博覧会にまでさかのぼる。

 それ以降、百貨店などでも次々に導入され、エスカレーターは「楽しみながら乗楽に上るもの」という認識が共有されてきたという。そんななか、エスカレーターを歩く人が増えてきたのは、効率を最優先する時代背景が大きいと、斗鬼氏は指摘する。

「いわゆる“片側空けルール”を世界で最初に始めたのは、1940年ごろのイギリス・ロンドンの地下鉄駅。当時、第2次世界大戦の最中だったため、輸送需要が急増し、何よりも効率が優先され、『エスカレーターでは左側を空けましょう』というキャンペーンが行なわれました。日本でも、効率化が叫ばれた高度経済成長期にあたる1960年代末の大阪・阪急梅田駅の構内で『急ぐ人のために左側を空けましょう』とアナウンスが流され始めたのです」

 斗鬼氏によると、関東において初めて片側空けが始まった場所は、1989年ごろのJR東京駅、新橋駅、地下鉄新御茶ノ水駅。イギリスや大阪などとは異なり、関東では自然発生的に起こり、しかも右側を空けるようになった違いがある。

 また、当時の新聞など国内メディアの記事には、イギリスの“片側空けルール”の存在を引き合いに出して、「日本がいかに遅れているか」、「片側空けルールはよいものだ」、「イギリスは礼儀正しい国だ」などといった言説が論じられていた。その結果、日本人がそれに影響され、イギリスの慣習を踏襲したという側面もあったという。

エスカレーター事故は都内だけで1日約4件

 確かに、駅が混雑する朝の通勤・通学ラッシュ時であれば、急いでいる人たちのための通路を空けることに一定の意味はあるだろう。

 ただ、果たして片側空けがどの場面においても効率的なのかどうかは、議論の余地が残る問題だ。

 というのも、都営地下鉄大江戸線新宿駅のように、相当長いエスカレーターだと歩く人は少ない。誰も歩いていないのに片側だけ延々と長蛇の列ができている状態であれば、まったく効率的ではないからだ。

 さらに、片側空けは、歩行による事故を引き起こす危険性もあると、斗鬼氏は警鐘を鳴らす。
 
「エスカレーターで歩くことに何の疑問も持っていない人も多いですが、事故件数は決して少なくありません。東京消防庁の2017年のデータによると、エスカレーターに関わる事故による救急搬送は、年間約1400件にものぼり、その内高齢者(65歳以上)が全体の6割にもおよびます。危ないと警告しても“歩く自由を尊重しろ”といった声もあるのですが、それで人にケガさせていいことにはなりませんし、そもそも歩いている人自身も危ないのです」

 また、エスカレーターでは、歩行に限らず車いすやベビーカーでの利用も禁止されているが、実際は守られておらず、悲惨な事故も起きている。

 2017年、香川県高松市内の商業施設の上りエスカレーターにおいて、車いすの妻(79歳)と付き添いの夫(81歳)が降り口付近でバランスを崩し、後ろに転倒。後方にいた女性(76歳)が巻き込まれて死亡するという事故が発生した。

 駅などで、これらの禁止事項をポスターや構内放送で呼びかけるなどの啓蒙活動は増えつつあるが、それでもルールを無視する人は少なくないという。

“歩かず2列でルール”が普及しつつある名古屋

 斗鬼氏は、特に安全面を優先する考えから、主に名古屋で普及が進みつつある“歩かず2列でルール”が日本全国に広がることが望ましいと語る。

「名古屋は交通局がここ15年間ほど熱心に呼びかけたことで、片側空けが少なくなっている全国でも珍しい地域。まだまだ完全ではありませんが、2列で立っている光景がよく見られます。それぞれの自治体で条例をつくり、罰金を課せば簡単に片側空けは無くなるでしょう。しかし、行政が上から押しつけるのではなく、徐々にでもいいので多くの人たちに意識を変えてもらうことが重要です」

 来年2020年には、東京オリンピック・パラリンピックが控えており、これまで類例を見ないほど、駅での混雑が予想される。大勢の人が押し寄せるのもさることながら、片側空けは、日本だけではなく、多くの国で暗黙のルールとされている。

 日本人は他の人がやっていることに対し、同調性が高く、「これはおかしい」と思っていても、周りに流される国民性が根強くあるのも確かだ。

 この国際的イベントを機に、安全で実は効率的な“歩かず2列で”を世界に発信したらどうだろうか。

取材・文/福田晃広(清談社)

週刊新潮編集部

2019年10月1日掲載

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