「阿部慎之助」は解説者ではなくコーチで巨人に残るべき理由【柴田勲のセブンアイズ】

野球 2019年9月30日掲載

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 巨人の阿部慎之助(40)が今季限りで現役を引退する。巨人一筋19年だった。

 彼とは会うたびに「1日でも長くやれよ」と声をかけてきたけど、5年ぶりのリーグ優勝を果たし、ここが潮時と決断したのだろう。ここ数年は満身創痍(そうい)だった。

 長い間、本当にご苦労さまでした。「ありがとう慎之助」と銘打った引退記念試合はセレモニーを開催して盛大だった。

 近い将来の監督へ「阿部路線」が敷かれたことがよく分かる。セレモニーは巨人のファンへの強い意志表示だ。引退試合や多くのファンの前でのセレモニーがあったのは長嶋(茂雄)さん、王(貞治)さん、原辰徳監督、そして高橋由伸前監督の時にも「現役引退・監督就任セレモニー」を実施している。

 今後は一度外に出て解説者の道を選ぶか、それとも打撃コーチなどとしてチームに残るかだ。

 解説者に転身すれば、新鮮な目で勉強し直すことができる。

 だが、私は打撃コーチでも、肩書はなんでもいい。とにかくチームに残った方がいいと考えている。一度でも外に出ると、難しい面がある。どうしても復帰した際、選手たちと距離感・違和感が生じてしまうし、一からのスタートになってしまう。

 その点、兄貴分として残ると身近にいる後輩たちにアドバイスや指導ができる。苦楽をともにしながらシーズンを戦ったという一体感が後になって生きるし、チーム状態も自然の流れのままで把握できる。違和感なく入っていける。

 現役を引退しても、巨人のユニホームをずっと着続ける。私はこれが最善だと思う。

 阿部は00年度のドラフト1位で巨人入りした。初めて彼の打撃を見た時はビックリした。パワーにあふれていたし、技術もしっかりしていた。

 今後15年は捕手を取らなくてもいい。こう思ったほどだ。入団後3~4年たった頃から、私は歴代の監督さんたちに「早く一塁にコンバートした方がいい」とことあるたびに進言した。

 捕手は重労働だしケガが多い。でも、30本塁打を打てる捕手は監督にとってありがたい存在だ。実現しなかった。

 私、一度記したが、一塁に早く転向していたら500本塁打、安打数は200~300本は増えていたと踏んでいる。それでも素晴らしい成績を残した。大したものだ。

 これからCS(クライマックスシリーズ)が待っているし、乗り越えると日本シリーズの大舞台だ。阿部にはもう一踏ん張りも二踏ん張りも期待したい。

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会副理事長、14年から巨人OB会会長を務める。

週刊新潮WEB取材班編集