香港「反政府デモ」を威嚇する中国「武装警察」の恐るべき正体

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国家の軍隊ではなく党の軍隊

 昨年実施された二つの組織改編にも注目する必要がある。それまでは国務院の統制にも服していたが、昨年1月、武警への指揮が中央軍事委員会に一本化されたのだ。軍事委員会の下に軍と武警が文字通り並ぶこととなったのだ。

 ここで思い出されるのが、筆者が外務省に入省して直ぐに発生した四川大地震(2008年5月)での出来事だ。国務院トップである温家宝首相が、軍に対してヘリコプター部隊の派遣を要請したが、軍は従わなかったという。いかに政府の首長であろうとも、軍事委員会に籍を持たない温の言うことは聞かないという軍の意思表示であり、国家の軍隊ではなく党の軍隊であることが改めて示された格好だった。

 武警が国務院の統制を離れたことは、四川での軍の不服従が武警についても起こるであろうことを示唆している。現任の国務院総理であり中国共産党において序列二位である李克強も軍事委員会においては籍を持たないことから、軍はもちろん武警に対しても影響力を持たないであろう。そして今後仮に、香港に武警を投入するかどうかという重大局面が訪れたとしても、李は判断に加われないものと考えられる。

 緊迫した場面で決定を下すのは習近平ということになる。制服組以外で委員会に籍があるのは、トップである委員長を担う習ただ一人だからだ。習が手にする三つのポストは国家主席、党総書記、中央軍事委員会主席だが、軍と武警という実力組織を握っていることの意味は大きく、香港情勢への今後の対応を見極める上でも鍵となる。習は武警に属する特種警察学院での訓練を視察するなど現場への顔出しにも余念がなく、その掌握に意を用いている。

 もう一つの組織改編は香港情勢というよりも、日本の安全保障に直接関係してくる話だ。中国海警局が武警の傘下に入ったのだ。安倍晋三総理によれば日中関係は正常な軌道に戻ったとされる。しかしいまも尖閣諸島海域への中国公船(政府機関に属する船舶)の侵入は繰り返されており、領海侵入だけをとっても6月に8隻、7月に12隻と依然として頻繁だ。海警が国務院を離れて軍事委員会の指揮系統に連なったということは、中国による尖閣侵入が軍事的色彩を強めたに他ならず、日本に対する重大な挑発といえよう。日本側からは国土交通省の下にある海上保安庁が前面に立っているのとは対照的だ。

 武警が共産党のために猛威をふるったのが、チベット(2008年3月)とウイグル(2009年7月)での相次ぐ大規模蜂起に対してだった。それは同じ中国国民に対してというよりも、支配者と被支配者という植民地さながらの血まみれた弾圧劇だった。今日のチベット、ウイグルは明日の香港かと懸念される中で、我々が注目すべき過去の例は天安門事件だけではないということだ。武警投入による事態収拾という悪夢は、香港で再び繰り返されるのか。世界が固唾を飲んで見守っている。

村上政俊(むらかみ・まさとし)
同志社大学ロースクール嘱託講師。1983年大阪市生まれ。東京大学法学部卒。外務省に入り、国際情報統括官組織、在中国、在英国大使館外交官補等を経て、2012年から14年まで衆議院議員。皇學館大学でも講師を務める。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年8月31日掲載

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