滝川クリステルを待ち受ける「小泉家の女帝」と離婚した「進次郎母」との多過ぎる共通点

国内 社会 週刊新潮 2019年8月29日号掲載

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 小泉進次郎(38)と滝川クリステル(41)。「令和のビッグカップル」誕生は、夏枯れに頭を痛めるテレビ局関係者にとって願ってもない大ネタだった。

 実際、ワイドショーはここぞとばかりに大々的に報じたわけだが、にもかかわらず、なぜか触れられない話題がある。それは進次郎氏の「母親」についてだ。

 1978年に純一郎氏と結婚し、進次郎氏と、兄で俳優の孝太郎を出産した女性の名は宮本佳代子さん。地元の支援者が明かす。

「結婚した頃、まだ青山学院大学の学生だった佳代子さんは、純一郎さんより14歳も年下でした。お見合いの席で彼女と出会った純一郎さんは、それまで付き合ったことのない容姿端麗な“深窓の令嬢”をひと目で気に入り、すぐに結婚を申し込んだそうです」

 純一郎氏が見初めた女子大生は、エスエス製薬の元会長・泰道照山氏の孫娘だった。しかし、ふたりの蜜月は長くは続かなかった。結婚からわずか4年後の82年に結婚生活は終わりを告げてしまうのだ。

 政治解説者の篠原文也氏は、純一郎氏が漏らした言葉が忘れられないという。

「佳代子さんと別れてまもなく、小泉さんから食事に誘われました。赤坂で朝まで飲み明かしたのですが、その時に小泉さんはこう言った。“あんたね、結婚だけはしない方がいい。ありゃ、地獄だよ”って」

 母と生き別れになった時、孝太郎は4歳、進次郎氏に至ってはまだ1歳だった。

 政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏によれば、

「進次郎は純一郎の姉・道子さんに預けられ、彼女を実の母親と思って育ちます。そして、中学生になって初めて、自分の両親が離婚していて、道子さんは伯母だと知った。その衝撃は相当なものだったようです」

 離婚当時、佳代子さんは妊娠6カ月で、お腹には三男の佳長さんがいた。その後、彼女は三井不動産の関連企業で働きながら宅建を取得し、シングルマザーとして三男を育て上げた。

 その一方で、

「小泉家は徹底して佳代子さんと佳長さんを遠ざけていました。純一郎の母親が亡くなった際、ふたりも告別式に参列したものの、秘書に止められて純一郎本人への挨拶は果たせなかった」(政治部記者)

 ここまで拗れてしまった理由は後述するが、実の母親といえども息子の結婚式に出席するのは難しいように思える。

 しかし、2008年に純一郎氏が政界を引退すると、「家族」は急速に距離を縮めたという。

「まずは3人の息子たちが25年振りの面会を果たして、13年に佳長さんが結婚した時には、純一郎も祝福に訪れたそうです。進次郎の結婚も、佳長さんは事前に知らされていたのです」(同)

 佳長さん本人に尋ねると、

「初めて知った時はとても驚きました。ただ、私の立場でお話しすることはありませんので……」

 進次郎氏と滝クリは大々的な披露宴こそ予定していないようだが、もし身内だけの結婚式を開くなら、そこには実母と末弟の席も用意されることだろう。

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