先鋭化する「香港デモ」市民はどう見ているか

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 長期化している香港の逃亡犯条例改正に対する反対運動。8月18日には、主催者発表で170万人というデモが再び行われ、中国からの武力介入に関する情報が流れるなかで、改めて、香港人の強い抵抗の意思を示すものとなった。

 一方で最近、香港国際空港が数万人の抗議者によって占拠され、世界で最も忙しい空港の1つと言われる同空港の機能が麻痺し、全便欠航という異常事態に発展した。

 これまでの香港の反対運動は、市民生活への影響が生じるのはできるだけ避けようという意図が見えていたが、今回は香港市民だけでなく香港を訪れる観光客やビジネス客にも大きな影響を与える結果となった。

 こうなると注目されるのは、香港の市民全体が現在の抗議行動に対してどのように感じているのかという問題で、特に、運動の先鋭化が市民の反発を招いていないかがポイントになる。

 というのも、2014年に1人1票の普通選挙を求めて市民が抗議行動を起こした「雨傘運動」では、長期間に及んだセントラル地区などの占拠により、香港社会の賛否が次第に割れる形になり、目的を達せないまま占拠を終えることになってしまったからだ。

 すべての人がデモに実際に参加するかどうかは別にして、公平な選挙戦度のない香港では、広範な世論の支持があるかどうかは、抗議運動の継続において、特に重要視される要素である。

『明報』の世論調査結果

 その意味で、香港の主要紙『明報』が8月16日の朝刊で報じた逃亡犯条例の改正に関する世論調査の結果は、現状理解の大切なヒントを与えてくれるものだった。

 それによれば、空港でのデモなど公共交通機関をマヒさせうる「不合作運動(非協力運動)」については、40.1%が賛成し、37.5%が反対している(21.9%はどちらでもない)。これについては、やはり市民生活への影響が大きく、賛否両論分かれている、ということだろう。

 デモの行動主体は、主に民主派グループでつくる「民間人権陣線」と、特定のリーダーを持たない若者中心のグループの2つに分かれており、18日のような大型デモは前者が主催しているが、空港の座り込みや立法会突入など警察と対決しているのは後者だ。

 空港の座り込みなど一連の非協力運動に対して、民主派は、反対はしないが、積極的に関与もしないという姿勢を取っており、両者の協力関係は維持されている。

 雨傘運動においては、当時は「勇武派」と呼ばれた直接行動も辞さないグループとほかの民主派らとの間で対立が起きて、運動の勢いが失われる原因にもなった。そうした失敗の轍を踏まないようにするというのは、今回の反対勢力の一貫したスタンスである。

 ただ、もしも今後、非協力運動を続けた場合、反対する市民の意見がさらに増えてくる可能性もある。そうなると、後者のグループが孤立する恐れが生じる。そのため、今後は空港など公共交通機関をターゲットにした活動を継続するかどうか、その考え方が問われることになりそうだ。18日のデモで警察との衝突が起きなかったのは、こうした問題点が意識されたのかもしれない。

暴力を容認する意見が増えている

「デモ隊は過度に暴力的か」という問いに対して「同意する」と答えた人は39.5%で、「同意しない」の29.7%を上回った。

 これは、空港占拠のなかで、デモ参加者が、中国の記者を縛り上げて一時監禁したことなどが話題になり、香港市民のデモ隊への過激化に対する不安が高まったことが影響していると見られる。実際には、この中国の記者は、問題を起こすために中国から派遣されたスパイ的人物かもしれないという情報が駆け巡っているが、一部のデモ参加者の間で先鋭化する行動が出ている傾向は確かにあるのだろう。

 これに対して、世論調査によれば、デモが「平和的・非暴力的」であるべきだという意見に対する同意はなお71.6%と圧倒的に高い。ただ、6月中旬の調査に比べて、10ポイントほど減少しており、暴力を容認する意見も増えていると読み解くこともできる。

 一方で、世論として、はっきりしているのは、香港警察に対する批判的な空気だ。警察がデモ参加者に対して過度に暴力的であるかという問いに対して、「同意する」と答えた人は67.7%に達し、不同意の22.8%をはるかに上回った。香港警察の評判はなお地に落ちたまま、一向に回復せず、デモ参加者との衝突を繰り返すごとに悪化しているようである。

 香港警察への信頼度を示す数値は3.08ポイントとなっており、同じ設問で調査した6月中旬の4.44ポイント、6月上旬の5.6ポイントから相変わらず下落傾向にある。

 これに絡んで、香港世論が沸騰するきっかけとなった6月12日のデモ参加者への過剰な警察の取り締まりなど、警察の職務執行が適切であったかどうかを調べるため、独立調査委員会を作るべきだということについては、80.1%が「同意する」と回答しており、この点については、香港社会における最大のコンセンサスであると言えるだろう。

経済への悪影響の責任は誰に?

 もう1つ、香港社会が共有している考え方は、今回の問題が長引くほどに、香港の経済に与える悪影響のことである。64.4%の人が「影響を与える」と見ており、与えないと見ているのは 13.8%にすぎない。その意味で、香港経済への影響はすでに出始めていることを含めて、現状の厳しさを香港の人々も冷静に認識していることがわかる。

 興味深いのは、香港経済にデモが悪影響を与えたとしても、その責任が誰にあるのかという問いかけに対して、香港政府に最大の責任があると回答した人が56.8%、北京の中央政府にあると回答した人が20.9%となっている。両者あわせれば8割近い数字に達しており、独立調査委員会の設置支持と並んで高い数字となっている。

 6月上旬以来、一向にデモが収束せずに社会に安定が戻らないことの責任を負うべきは、デモ隊ではなく、警察を含めた香港政府と中国政府であると、いまなお香港社会のマジョリティが受け止めていることは、非常に重要なポイントである。

いまなお揺らいでない対立構図

 そのうえで現状を整理すれば、こういうことになるだろう。

 香港では、なお大多数の人々が、逃亡犯条例改正案の完全撤回に応じない香港政府や、それを背後で支えていると見られる中国政府が今回の事態を招いた最大の元凶であると考えており、現状では、抗議行動継続については一致して必要だと認識している。

 特に、エスカレートしていると見られる警察の取り締まりでの強硬姿勢は、香港市民を広く失望させており、独立調査委員会の設置なしには、いくら警察側が正当性を強調しても信頼を取り戻すのは難しくなっている。

 先鋭化する若者たちの抗議行動や経済への悪影響に対して不安が広がっているのは事実ではあるが、それよりも警察や香港政府の対応への不満がはるかに大きいので、「香港社会VS.香港政府(背後の中国政府)」という対立構図はなお揺らいでいない。

 その意味では、香港情勢の解決のめどは立っておらず、香港政府が逃亡犯条例の完全撤回や独立調査委員会の設置、そしてキャリー・ラム香港行政長官の辞任など、思い切った妥協案を示すか、中国が武力をもって直接介入をしない限り、お互いが神経をすり減らしながら我慢を続けている現状を根本的に変えることは容易ではなさそうである。

 

野嶋剛
1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、「台湾とは何か」(ちくま新書)。訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。最新刊は「タイワニーズ 故郷喪失者の物語」(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com。

Foresight 2019年8月20日掲載

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