わずか25万円のために人生を捨てた……過酷なフランチャイズ事業が生んだ悲劇

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直訴と身辺整理

 事件の1カ月ほど前、8月中旬になって別府は、軽急便の管轄営業所に数回にわたって出向いていた。だが、「仕事を回してほしい」という直訴は、「忙しい」と担当者に面会を断わられ、空振りに終わる。大きな犠牲を払った転職は、明らかに裏目に出たのだ。
 
 事件の5日前。別府は、顧客からのクレームを受けて彼の勤務態度を問題視した担当者に、電話で退会の意志を伝える。ちょうど前後して、消費者金融から50万円を引き出す。その金で、家族にプレゼントを買ったりしている。
 
 一家の貯金は、5万円を割っていた。
 
 事件前日には妻に、

「迷惑をかけるかもしれないから……」

 といきなり離婚届を差し出した。

 当日朝、軽急便の作業着姿になった別府は、自宅近くのガソリンスタンドで、8個のポリ容器に計144リットルものガソリンを補給してもらった。午前10時過ぎ、仕事を装い、ポリ容器を積んだ台車を、なんなく名古屋支店のオフィス中央に押して行った別府は、まず容器の一つを蹴り倒して叫ぶ。

「火をつけるぞ」

 洋弓銃と矢9本、サバイバルナイフ、折り畳み式ナイフ2本、包丁、ライター2個、発煙筒5本という重装備であった。止めに入った従業員に斬りつけた別府は、負傷した者と女性だけを外に逃がしてから、これまで面識のなかった支店長ら8人を会議室に軟禁し、入り口にバリケードを築かせた。そして、支店長を本社との取り次ぎ役にし、要求額を、昼過ぎには彼の口座に振り込ませた。目的は、すんなり達成されたのだ。
 
 爆発前に解放されたひとりは、別府の印象を「不気味なほど落ち着いていた」と振り返る。腑に落ちないのは、人質の財布から、現金7万円あまりをまきあげていたことだ。彼は、どんな事件の結末を想定していたのだろうか。
 
 すでに室内は、順次ぶちまけた大量のガソリンが気化し、引火すれば即座に大爆発を誘発する状態にあった。愛知県警はその後の調べで、発煙筒を使った自爆と断定したが、果たして別府に死の覚悟があったのかは判然としない。
 
 事件後すぐに記者会見を開いた軽急便の村上一信社長は、会社側に落ち度はないとして、日曜仕事を断ったり、顧客からの苦情が多いなどといった、別府個人の問題を指摘した。
 
 しかし事件を検証するメディアには、フランチャイズ事業の悪辣さを訴える声が、多数寄せられるようになる。発言者の多くは、借金を抱えて加盟したものの、宣伝にあるような売り上げを確保できず、進退窮まって廃業せざるをえなかった同業界のドライバーたちだった。

「仕事が安いうえ、絶対的に仕事量が少ないのだから、稼げるわけがない」

 といった告発は、ある疑念を呼んだ。業界が過当競争であるのに、盛んにドライバーを募集し続けるのは、新規加入者の軽自動車購入金や契約の諸費用で会社が潤うからではないか、というのだ。
 
 会見で、村上社長が明らかにしたところによれば、思うように稼げず軽急便を去るドライバーは、年間300人ほど。こういったドライバーたちから、国民生活センターに寄せられる相談件数も急増しており、事件の前の年は、640件ほどに達していた。
 
 事件後、別府ら会員ドライバーに最低賃金法が適応されるかを調査した、名古屋北労働基準監督署は、「会社と会員に雇用関係はない」との結論を示す。以降深刻になる、雇用不安と格差の時代を呼び込むかのような判断でもあった。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年8月16日掲載

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