久保建英を育てた父の「個に磨きをかける指導術」「読み聞かせ」

スポーツ 週刊新潮 2019年8月1日号掲載

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 弱冠18歳でレアル・マドリードに完全移籍した日本代表MF久保建英(たけふさ)。天才との評価だが、勝手に育ったわけではない。サッカー選手としては鳴かず飛ばずだった父親の指導と、読み聞かせの賜物だというのだ。

 早速、バイエルン・ミュンヘン戦に後半から出場、“黄金の左足”で攻撃の起点となった久保。父の建史(たけふみ)氏(48)も筑波大学でサッカーに勤しんだが、“才能”は息子に継がれなかったようで、

「建史さんは筑波時代、1~5軍まである中、よくて4軍の選手。4年間在籍すると、たいていは3軍くらいまではいけるものですが、それすら叶わなかった選手で、OBがみな“記憶にない”と語るんです」

 さるサッカージャーナリストはそう語るが、元日本代表GKの田口光久氏は、

「教育者を育てる筑波大でサッカーを学んだ建史さんは、指導者としてはある程度のものを持っている。だから、建英に影響を与えることができたんです」

 と言って、続ける。

「筑波大のOBには、名古屋グランパスエイトの風間八宏現監督がいて、久保親子が公園でサッカーをしていたころ、風間の言う“機敏さ、素早さ、敏捷性”が注目されはじめました。しっかりボールを止め、パスをするのではなく自分で局面を打開していくサッカーは、その後“画期的”と評価されましたが、建史さんは、風間が語る筑波大メソッドを息子に課した部分があったのだと思います」

 建史氏は、建英が2歳のころから年間350日以上、近くの公園でボールを蹴らせたという。また、外で遊ぶときは裸足にさせ、足裏感覚を養ったのだそうだが、練習メニューは、サッカー解説者の川添孝一氏も、

「風間の影響を強く受けたものだと感じています」

 と言って、続けるのだ。

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