ホルムズ海峡緊張で高まる米国の対イラン「サイバー攻撃」現実味

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 米国はイランに対して軍事攻撃を仕掛けるのか――。少し前から、そんな懸念が専門家らの間で議論になっている。

 イランをめぐっては、米国のドナルド・トランプ大統領や、イランのハッサン・ロウハニ大統領らが、お互いを牽制・刺激し合っており、緊張関係が続いている。トランプ大統領が6月21日に、「われわれは昨晩、3つの場所に報復攻撃の準備ができていたが、『何人死ぬことになるのだ?』とたずねたら、『150人です』と将軍が答えた。それを聞いて、攻撃開始の10分前に私が止めさせた」と誤字を交えながらツイートした。

 これが、ただのブラフ(こけおどし)だったのか、本気だったのかはわからない。ただ少なくとも、イランへの武力攻撃が現実味を帯びていることを確認させるものだった。

 米国がイランを攻撃することになれば、日本も決して他人事では済まない。日本に輸入される原油の8割はホルムズ海峡を通ってくるため、海上交通の要衝である同海峡が使えなくなるようなことがあれば、日本経済にも大変な打撃を与えることになる。

イラン革命防衛隊をサイバー攻撃

 一部報道では、軍事攻撃を止めた代わりに、米国がイランに対してサイバー攻撃を仕掛けた、とする話が報じられた。今回、米国とイランの関係悪化の原因の1つとなったのは米・無人偵察機の撃墜事件だったが、それを実施したイラン革命防衛隊の防空部隊を、米陸軍サイバー部隊がサイバー攻撃で機能不全にしたという。

 すると6月には、イランが、数カ国に広がっていたCIA(米中央情報局)のサイバー工作ネットワークを打倒したと発表。イラン国内だけでもCIAのサイバー攻撃チームの協力者17人を拘束、すでに何人かは死刑判決を受けているという。サイバー攻撃で諜報活動を行っていた米国のスパイが暴露された形だ。

 ただこれらは驚くような話ではない。というのも、米国は以前より、イランに対して頻繁にサイバー攻撃を行なってきており、今回攻撃をしていたとしても特別なことではないからだ。

 ただ筆者は、これから遠くない先に、米国はこれまでの規模とは違う、米国の実力を見せつけるようなサイバー攻撃を実施する可能性が高いのではないかと見ている。なぜなら、今から約10年前に、やはり同じような状況下で当時では考えられないようなサイバー攻撃を仕掛けたことがあるからだ(今聞いても驚くような攻撃ではあるが)。

 もしかしたら、軍事攻撃を避けるために、サイバー攻撃を使う可能性だってあるかもしれない。とにかく、軍事攻撃に乗り出す前に、米国はサイバー攻撃という選択肢を考慮し、実行するのではないだろうか。そこで、対イラン・サイバー攻撃の可能性に迫ってみたい。

「『犬』を放ったらコントロールできない」

 まず今イランで何が起きているのか、簡単に振り返る。

 事の発端は、2015年に核開発を進めていたイランと、国連安全保障理事国である米英仏露中とドイツが結んだイラン核合意から、トランプが2018年に一方的に離脱したことにある。米国は離脱後にイランへの経済制裁を再開し、原油などの取引を制限する措置を行った(ただし、2019年5月1日までは禁輸措置の対象から一部の国・地域を除外していたが、5月2日からこの特例措置を撤廃した)。

 ただ、米国の一方的な決定に反発した親米の欧州諸国は、米制裁を回避してビジネスを続ける可能性を模索していた。

 そうした最中の6月中旬、安倍晋三首相がイランを訪問して仲介外交を繰り広げようとしたが、イラン滞在中に日本のタンカーがホルムズ海峡近くで何者かの攻撃を受ける事態になった。さらにその直後、既に述べたように、イランは米国の無人偵察機を撃墜する。

 これで一気に緊張が高まり、トランプ大統領がどんな報復措置に出るのかと注目されていたところ、冒頭の「攻撃を“10分前”に中止した」と「喧伝」するツイートがアップされた。

 その後、米政府はイランの最高指導者であるハメネイ師に経済制裁を科し、逆にイランは核合意で定められていたウラン貯蔵量の上限を突破したうえ、ウラン濃縮度も上限を超える水準にまで引き上げることになった。ボールは再び米国側にわたり、今、米国がどう出るのかが注目されている。

 ちなみに、米国だってできれば戦争はしたくない。ある米軍関係者は以前、著者にこんなことを言っていた。

「米国にとっても戦争を始めるというのは、本当に、本当に深刻な問題なのです。1度始めれば、どう終結するのか、誰にも見当がつかない。それほど重大な覚悟と決断が必要になる。言うなれば、戦争という『犬』を野に放ったら、もうコントロールはできなくなるのです」

 ただ、筆者が米軍関係の幹部らと交流してきた中で感じたのは、彼らの愛国心が非常に強いということだ。自国がコケにされたら絶対に許さないという空気を漂わせており、やられたままで終わることはないと考えていい。

 とはいえ最近では、いきなりミサイルを打ち込むといった軍事攻撃以外にも、米軍にはいくつかの選択肢があると見られている。その最有力の選択肢が、サイバー攻撃なのだ。

2009年の「スタックスネット」攻撃

 先述した通り、実は過去に、やはり米国とイランに絡んだ興味深い実例がある。当時の状況は現在のそれに似ている。

 2009年、米国はイスラエルと協力して、イランの核燃料施設をサイバー攻撃で爆破した。世界の軍関係者やサイバーセキュリティ関係者の間で知らない者はいない、「スタックスネット」と呼ばれるサイバー攻撃だ。米政府による「オリンピック・ゲームス作戦」として「スタックスネット」という名のマルウェア(悪意のある不正プログラム)が使われたことから、そう呼ばれている。

 当時の状況を説明しよう。

 2002年、イランの反体制派組織である「国民抵抗評議会(NCRI)」が、イラン中部エスファハーン州ナタンズで違法な核燃料施設が建築されていることを暴露した。これは、イランの核濃縮活動を行ってきたナタンズ核燃料施設のことだ。実際にナタンズでウラン濃縮がスタートしたのは2007年だと言われているが、この暴露によって、イランが核開発を本気で進めていることが広く認識された。

 以降、イランは核兵器の製造が目的ではないと主張しながら核開発を進めてきた。そして反欧米の立場を鮮明にしていたマフムード・アフマディネジャド氏が2005年に大統領に就任すると、核開発が進展することを恐れた欧米諸国は、翌年に国連安保理常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国(P5プラス1)による協議を開始し、核開発計画を中止させるべく動き出す。国連も2006年には制裁措置に乗り出した。

 イランが核兵器を所有すれば、ライバル国のサウジアラビアといった国々も核兵器開発に乗り出す可能性が出てくる。そうなれば、「核ドミノ効果」で中東のダイナミクスやバランスが揺れ動き、大きな混乱を生む可能性は高かった。

 さらにイランと激しい敵対関係にあったイスラエルも、イランが核兵器を保有することは絶対にあってはならないと考えていた。当時のジョージ・W・ブッシュ米大統領は親米国のイスラエルがイランを空爆したがっていることを知り、それにどう対処すべきか頭を悩ませていたという。

 ちなみに2007年、イスラエルはライバル国であるシリアが北朝鮮の協力を得て核燃料施設を建設していたのを察知し、シリアの防空網をサイバー攻撃で無効化して戦闘機を領内に送り込み、その施設を破壊している。

核濃縮の遠心分離機を爆破

 ブッシュ元大統領はイスラエルが本気であることを知っていた。そこで軍に何らかの対処案を出すように求めた。その結果、国防総省が出してきた案こそが、「オリンピック・ゲームス作戦」だった。

 この作戦では、ナタンズで核濃縮を行うために使われる遠心分離機の中央制御装置にマルウェアを感染させ、作業員らに気づかれないように中央制御装置を監視・コントロールした。そして遠心分離機の回転数を不正に遠隔操作して、2000基ほどを爆破させることに成功している。当時、イランには7000基とも言われる遠心分離機が存在してたが、その3分の1を破壊したことになる。

 これによって、イランの核開発は2年ほど遅れたとされる。結果、P5プラス1はさらなる交渉の時間を確保でき、2015年に核合意を実現するに至った。

言うまでもなく、米国はすべての遠心分離機を破壊することも可能であったが、しなかった。なぜなら、そこまですると、もはや空爆したのと同じような「騒ぎ」になりかねず、国際社会から非難される可能性があったからだ。国際法的な観点からも、武力行使になりかねなかった。だからこそ、意図的にサイバー攻撃のレベルを低く調整したのだと、専門家らは見ている。

 これが、もう10年も前に行われたサイバー攻撃である。

ニューヨークの停電もイランの攻撃?

 ちなみに7月13日、ニューヨークで大停電騒動が起きたのは記憶に新しい。この停電は変電所の火災が原因という話だったが、実はニューヨークの電力源の1つであるニューヨーク州のダムが2013年に、イランからサイバー攻撃を受けていたことが判明している。当時、攻撃による被害は出なかったが、この過去の事実から、今回の停電も、イランの政府系ハッキング組織による攻撃ではないかとの意見が出た。

 ビル・デブラシオ市長は、今回の停電が「サイバー攻撃ではないし、テロでもなかった」と根拠を示さず発言している。電力会社側は、さらに数週間をかけて原因を究明すると言っているので、今後どんな結果が発表されるのか注目だ。

 また2018年には、イランの政府系ハッカーら9人が米司法省によって起訴されている。彼らは2013年から5年にわたって、世界320校におよぶ大学などで、8000人近い教授らにサイバー攻撃を実施した。そして研究論文や研究内容、知的財産など31.5テラバイトに及ぶデータを盗み出していた。

 このように米国もイランも、お互いにサイバー攻撃を繰り返しているのが現状だ。明日にでもまた、米国がイランに大規模なサイバー攻撃を仕掛けてもおかしくない。これまでの米国の動きを見ていると、それが現実になる可能性は低くないのではないだろうか。

背後に見えるイスラエルの存在

 今回のイラン問題では、トランプ大統領の言動の背景にはイスラエルの存在がある。娘婿であるジャレッド・クシュナー米大統領上級顧問がユダヤ系であり、イスラエル寄りの政策を打ち出してきたことは周知の通り。また、トランプ大統領を支持する保守派(例えばキリスト教福音派など)もイスラエル寄りだ。

 そもそもトランプ大統領がイラン核合意を離脱したのも、その後、在イスラエル米大使館をテルアビブからエルサレムに移転させたのも、係争地だったゴラン高原の主権がイスラエルにあると承認したのも、すべては2020年の大統領選に向け、支持基盤を固めるためである。

 ここまで見てきたような背景もあって、筆者は米国がイランに巧妙で危険なサイバー攻撃を実施するはずだと見ているのである。

サイバー軍を仕切る日系3世

 もう1つ付け加えると、トランプ大統領は2018年に米サイバー軍を司令部機能のある統合軍に格上げしている。これと合わせて、バラク・オバマ前大統領が定めた「大統領政策指令20(PPD20)」(他国に重大な被害をもたらすサイバー攻撃については大統領による承認が必要とする)を覆し、よりサイバー軍などの現場担当者の裁量で攻撃を実施できるように権限を与えている。

 そして、それを任されているのが、2019年5月16日『サイバー攻撃「日米安保」適用でも日本の「大障壁」』でも触れたポール・ナカソネ陸軍大将だ。日系3世であるナカソネ中将は、2018年4月にサイバー軍の司令官に就任し、アメリカ中から集まった有能なハッキング軍団を擁するNSA(米国家安全保障局)の長官も兼務している。

 米国では、技術的な部分を主に担うNSAと、軍の司令部として指揮をとるサイバー軍とが、密接に繋がって作戦を行っている。そんなことから、両者はともにメリーランド州のフォートミード陸軍基地に本部を置いている。

 ナカソネ大将は陸軍時代に、今回イラン革命防衛隊の防空システムにサイバー攻撃をしたと言われる陸軍サイバー部隊を率い、米軍が2009年からイラン有事の際に実施する予定だったイランへのサイバー攻撃作戦「ニトロ・ゼウス」の計画に深く関わっていた人物だ。つまり、イランへのサイバー攻撃に精通し、イランへの攻撃はお手のものということになるだろう。実際、ナカソネ大将自身も攻撃的なサイバー工作の重要性を公に述べている。

 イランの挑発に対し、ナカソネ大将率いるサイバー諜報部隊は、その優れた腕で、まだ私たちが見たことのないような複雑で巧妙なサイバー攻撃を実施するかもしれない。スタックスネットが当時、そうであったように――。

山田敏弘
ジャーナリスト、ノンフィクション作家、翻訳家。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などを経て、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のフルブライト研究員として国際情勢やサイバー安全保障の研究・取材活動に従事。帰国後の2016年からフリーとして、国際情勢全般、サイバー安全保障、テロリズム、米政治・外交・カルチャーなどについて取材し、連載など多数。テレビやラジオでも解説を行う。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文芸春秋)など多数ある。

Foresight 2019年7月24日掲載

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