「テスラの車でなかったら、夫は死なずに済んだかもしれない」 自動運転車の暴走リスク
「何もする必要はありません」
如何に自動運転といえども、ドライバーの責任は免れないのだ。となれば、
「買う側はもちろん、売る側も、自動運転はまだ開発途上の技術という認識を持つ必要がある」(島下氏)
テスラ社のHPにはこんな文言まで躍っている。
〈テスラに乗り込んで行き先を伝えれば、後は何もする必要はありません〉
こうした表現が、ドライバーの「過信」を招くとは考えないのだろうか。
もちろん、自動運転技術の発展が高齢ドライバーにもたらす恩恵を否定するつもりはない。しかし、地域交通医学が専門の朴啓彰・高知工科大学客員教授はこう警鐘を鳴らすのだ。
「昨年だけで40万人を超える方が免許を自主返納しましたが、それでも、高齢ドライバーによる事故が減らないのは事実。高齢になれば白内障や緑内障で視力が衰えたり、視野が狭くなる一方、脳の萎縮によって自分中心になり、能力を過信しやすくなる。とりわけ、とっさの判断は高齢者が最も苦手とするところです」
だからこそ、レベル3以上の自動運転車を普及させようという流れは社会の要請でもあろう。しかし、である。
自動運転という言葉を鵜呑みにした高齢ドライバーが、緊急時に高度な判断を「暴走コンピューター」に完全に委ねたとしたら――。その結末は想像に難くない。
「週刊新潮」の取材に伊藤被告は「何も答えられません」と述べるのみ。テスラ社に至っては、南青山のオフィスやアジアパシフィックの広報窓口に計5回に亘って取材を申し入れたものの、一切回答はなかった。
櫻井さんの妻は最後にこう語る。
「自動運転が導入されれば、すべての事故がなくなるという考え方にはどうしても首を傾げてしまいます。エラーの起きない機械など有り得ないからです。夫の死を無駄にしないためにも、自動運転の可能性だけでなく、危険性や補償の問題についても改めて考えてもらいたい。その上で、被告人には厳しい制裁を与えてほしいと願っています」
日進月歩の開発が進む自動運転技術。だが、「あの事故から一歩も前に進めていない」という母娘の声を無視してはならない。
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