「全米オープン」勝利を導いた「エイミー」の教え 風の向こう側(49)

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 米カリフォルニア州の名門「ペブルビーチ・ゴルフリンクス」で開催された今年の「全米オープン」(6月13~16日)。プロ11年目の35歳にしてメジャー初優勝、通算4勝目を挙げた米国人選手のゲーリー・ウッドランドは、いわゆるスーパースターではなく、これまでは、どちらかと言えば地味で目立たない存在だった。

 だが、そんな彼の勝利を米国、そして世界中のファンが温かく祝福し、賞賛している。その背景には、さまざまな物語があった。

支えになるものがあれば

「ショットは完璧じゃなくてもいい。それでも勝てるんだ」

 ウッドランドがそう気づいたのは昨夏の「全米プロゴルフ選手権」のときだった。2日目を終えて単独首位に立ったウッドランドは最終日をタイガー・ウッズ(43)と同組で回り、優勝を競い合った。

 勝利したのはブルックス・ケプカ(29)、ウッズは2位、そしてウッドランドは6位タイだった。その悔しい結果はさておき、そのとき彼はウッズのプレーぶりを眺めながら、ショット以外に頼れるものがあれば、それが自分のゴルフと心の大きな支えになることに気付いたという。

「そう思えたことは、大きな自信になった」

 以後、ウッドランドはコーチを変え、ショートゲームの補強と向上に必死に努めてきた。今大会でペブルビーチにやってきたときは、ウエッジショットとパターには「絶対に大丈夫」という確信さえ抱いていた。

 最終日。優勝争いの大詰めの17番で、グリーン面を傷つけることなく64度のロブウエッジで見事に寄せた第2打が勝利の決め手となったことは、彼の歩みを振り返れば、まさに必然だった。

「大丈夫!」

 そんなふうに、ウッズと同組でメジャー大会の勝利を競い合った昨夏の経験は、ウッドランドのゴルフに対する姿勢や考え方に大きな影響をもたらした。

 そして、もう1つ、ウッドランドのメンタル面をそれまで以上にポジティブにした出会いと出来事があった。

 今年の「ウェイストマネジメント フェニックスオープン」(1月31日~2月3日)にディフェンディング・チャンピオンとして臨んだウッドランドは、開幕前の火曜日にダウン症の女子大生ゴルファー、エイミー・ブロッカーセットさんとともに「TPCスコッツデール」(アリゾナ州)の名物ホール、16番(パー3)をプレーし、大観衆から拍手喝采を浴びた。

 それは、知的障害者を支援する「スペシャル・オリンピック」のアリゾナ支部と同大会が数年前から開始した企画の一環だった。「ドリーム・デイ」と名付けられた火曜日に数人のスペシャル・オリンピアンが選手たちと一緒にプレーを体験できるというものだ。

 アリゾナ州内のコミュニティ・カレッジに通っているエイミーさんは、奨学金で大学へ進学し、ゴルフ部に籍を置く初のダウン症のカレッジ・アスリートだ。

そして、今年の「ドリーム・デイ」に参加し、米ツアー会場で貴重なプレー体験をした初のダウン症のアスリートにもなった。

 大勢のギャラリーとウッドランドに見守られ、エイミーさんが打った16番のティショットはグリーン際のバンカーへ。

「すると彼女は毅然と『大丈夫!(出すわ)』と笑顔で言い切り、見事にバンカーから出したんだ」

 バンカーショットは、ピン2メートルへ。

「僕がエイミーに『あれも大丈夫なの?』と尋ねると、彼女はまたしてもきっぱり『大丈夫!(入れるわ)』と言い切り、見事、パーパットを沈めた。彼女のポジティブな姿勢と笑顔に僕は心を打たれ、すごいと思った。あの日、エイミーと出会い、一緒にプレーできたことは、僕にとっても最高の経験になった」

ひたすら前向き

 2人が楽しそうにプレーした場面は、SNSを通じて米国中、世界中へ広められ、大勢の人々に笑顔と感動をもたらした。そして2人は、その後もSNSを利用して交流を続けていたという。

 5月の「ウェルズファーゴ選手権」の最終日、左手首痛と胃痛のため、ウッドランドがプレーを断念して棄権したとき、「真っ先に激励のメッセージを送ってくれたのはエイミーだった」。

 そして、ウッドランドがついにメジャー初制覇に迫り始めた全米オープン3日目の朝、スタート前の彼にエイミーさんが再び激励メッセージをツイートした。

「ゲーリー! 大丈夫!(勝てるわ)」

 ひたすら前向きで、ひたすらエネルギッシュで、疑うことも戸惑うこともなく、成功だけを強く信じるエイミー。その姿勢にウッドランドは勇気づけられ、決勝2日間を乗り切って全米オープン覇者になった。

 優勝会見。ウッドランドのスマホ画面の中で、エイミーさんが満面の笑顔を輝かせ、「おめでとう!」と祝福していた。ウッドランドも満面の笑顔。そんな2人の交流は、地味なイメージだったウッドランドの優勝物語に大きな花を添え、世界中の人々を笑顔にした。

ポジティブなエネルギー

 優勝会見でウッドランドは、エイミーさんのことを、こんなふうに語っていた。

「エイミーの姿勢は素晴らしい。彼女のポジティブなエネルギーは周囲へ伝わり、広がっていく。そのことを僕は自分の子供にも教えたいと思っている。人生はいつも口笛を吹いていられるわけじゃない。悪いときはある。山も谷もある。でも、コントロールできるのは自分自身の姿勢だけ。前向きであり続けることができれば、最後にはいいことが起こる。どんなときも『大丈夫!』と言い切るエイミーは、僕にそれを教えてくれた」

 振り返れば、エイミーさんのように障害を持つ人々を支援しているスペシャル・オリンピックの活動とそれを支える人々も素晴らしい。エイミーさんに奨学金を授けて受け入れているコミュニティ・カレッジとゴルフ部も素晴らしい。

 スペシャル・オリンピックの企画に理解を示し、実施しているフェニックスオープンと米ツアーの姿勢も素晴らしい。

「エイミーをマイ・フレンドと呼べることは幸せだ」

 メジャー・チャンピオンに輝き、ビッグな賞金を手に入れた今、それでもなお感謝の心と謙虚な気持ちを忘れないウッドランドの姿勢が何よりも素晴らしい。 

「最終日、僕は『大丈夫!』と百万回も自分で自分に言い聞かせながらプレーしていた」

 そう、だからウッドランドは『大丈夫!』だった。だから、最後には彼にいいことが起こり、全米オープンを制覇することができた。

 エイミーさんはウッドランドの勝利を支えた立役者の1人。そういうストーリーがメジャー大会の場で実現されることこそが、ゴルフの最大の魅力である。

 私は、そう信じている。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2019年6月21日掲載

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