教授からの「アカハラ」を被害者が告発 パイプ椅子を投げられ、土下座強要も…

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 SNSでセクハラや性的暴行の被害を告発する際に用いられる「#MeToo」というハッシュタグ。昨年の流行語にも選ばれた言葉だが、この派生に「#AcadeMee_Too」というタグがあるのをご存知だろうか。これは“アカデミー”、つまり大学などの学術機関でのハラスメントを告発するタグであり、その投稿群を見ると、教授からの理不尽な嫌がらせに対する学生の不満や怒りがいくつも散見できる。その中でも芸術系の大学・学科のアカデミック・ハラスメントは常軌を逸しているという……。

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 男女問わず学生に対し、大学教授や職員が行うアカデミック・ハラスメントは、通称“アカハラ”と呼ばれている。その内容はさまざまで、たとえば、理不尽に進級や卒業を妨げる、授業の一環と称して私用を押し付ける、「断ったら単位は出さない」と脅して性的行為に及ぶなど、枚挙に暇がない。

 おそらくほとんどの人にとっては、小中高とは違い、大学では生徒と教員の関係が希薄になるのが普通だろう。在学中はゼミの教授としかほとんど話さなかったという人も珍しくない。しかし、“芸術系”の学科はクリエイティブな活動をする場所であり、芸術に明確なゴールや正解などは存在しない。そのため、創作過程において教授からの助言が学生の重要な指針となるため、生徒と教員の距離が非常に近く、アカハラが起きやすい環境なのだという。

 芸術系と一口にいっても、美術、音楽、演劇、デザインなどさまざまだが、今回、取材を受けてくれた3人が特定される恐れがあるため、記事上ではざっくり芸術系とさせていただく。

 関東の某私大の芸術系の学科に通っていた里子さん(仮名、25歳)は、所属していたゼミの指導教授からの暴言に苦しめられていた、アカハラ被害者の一人だ。

「私たちのゼミは、ゼミ生全員でひとつの作品を作るのが卒業制作だったのですが、教授は私たちの1つ上の学年の世代がお気に入りだったらしく、卒業制作のテーマや進め方も前年度のものをすべて踏襲させようとしました。もちろん言いなりにはなりたくなくて反発したら、徐々にハラスメントが始まったんです。『お前は頭の病気だ』『言うことが聞けないなら死んじまえ』という暴言は、挨拶代わりでしたね」

 ことあるごとに理不尽な理由で罵られ、思うように作品作りをさせてもらえない日々が続き、ついに我慢の限界を迎えた里子さんは、教授に直々に抗議をしに行ったという。

「教授に『私たちに合ったテーマとやり方で、創作活動に取り組ませてください』と、ゼミ生を代表して直談判しに行ったんですが、『じゃあお前らは俺の指導なしでやるってことだな!?』と怒鳴られ、パイプ椅子を投げられました。幸い体にぶつかりはしなかったけど、それがその教授と縁を切ろうと思った決め手ですね。なんとか別のゼミに移籍して卒業はできたけど、ハラスメントさえなければ、一番学びたい分野を思う存分勉強して卒業できたのに……」

 教授にパイプ椅子を投げられる……刑事事件として扱われてもおかしくないようなことが、芸術系の学科では起こりうるのだ。

ハラスメントを受け入れてしまう麻痺した感覚

 明子さん(仮名、24歳)も同じく芸術系の大学に通い、在学中にアカハラを受けていた被害者だ。しかし、在学中は自分がハラスメントを受けているという自覚症状はなかったという。

「当時、所属していたゼミの教授に結構振り回されてたんですけど、まさかそれが“ハラスメント”とは思っていなくて。卒業後に高校の同級生と会う機会があって、その教授の話をしたら『あんたそれはアカハラだよ!』って言われました。その時初めて“アカハラ”っていう言葉があることを知りましたね」

 そんな明子さんが受けたハラスメントとは、どんなものだったのか。

「教授の家の近所にひとり暮らしをしていた私は、夜中1時頃に『作品の相談をするから来い!』と、急に居酒屋に呼び出されることはよくありました。当然、相談なんて口実でお酌するだけなんですけど。他にも、当時付き合っていた恋人との関係を根掘り葉掘り聞かれたり、『君の作品をより良くするためには男とセックスした方が良い』とか言われたりもしょっちゅうでした」

 ここに挙げただけでも衝撃的なエピソードが並ぶが、まだまだ明子さんの口からはアカハラエピソードが無限に飛び出してくる。

 しかし、これだけの被害に遭っていながら、なぜハラスメントだと認識していなかったのか。明子さん自身は「私を含め、学科全体がアカハラ教授に洗脳されていたからだと思います」と振り返る。

「教授の振る舞いは横暴で、少しでも反発したり意見したりすれば、必ず大勢の前で見せしめのように罵倒されるんです。晒し者になるのが怖いから、学生どころか先生たちすら教授の独裁ぶりに何も言えずに従ってしまう。また、教授に嫌われると作品作りの面倒も見てもらえなくなるため、逆らう気なんて起きません。誰もがその異常な環境を普通であると受け入れてしまったんだと思います」

 恐怖で学生を洗脳し、感覚を麻痺させることで、ハラスメントをハラスメントと思わせないように仕向ける。まさに“DV”の手口と同じだ。

大学の名誉のために対応を見送られることも

 3人目のアカハラ被害者は、男性だ。私立文系大学の芸術系学科出身の啓太さん(仮名、23歳)は、在学中に加害者の教授を告発した経験をもつ。

「ある日、その教授の講義を黙って受けていると、僕の何かが気に入らなかったのでしょうが、『俺の講義中にずっと喋ってただろ!』と言いがかりをつけられ、『お前の授業態度が周りに迷惑をかけているから謝れ!』と皆の前で土下座させられました。それ以来、顔を合わせれば嫌味を言われるようになったんです。その教授と関わらないようにしたかったけど、必修科目の担当教員だからそういうわけにもいかない。このままでは単位認定すらしてもらえないかも……と不安になり、学生センターに相談に行きました」

 大学側は、その教授の処分や履修制度の見直しを検討してくれたというが、実際に対応をしてくれたのは、相談してから2カ月後のことだった。

「僕が相談した数週間後に、その教授が参加する学会が控えていたんです。学会前に少しでも悪い噂が広まれば、大学の名に傷がつくので『対応は待ってほしい……』と言われました。こっちは精神的に相当疲弊しているのに、まさか先延ばしにされるとは思いませんでしたね」

 啓太さんは、「対応を待たされている2カ月間は地獄でした」とこぼす。

「僕が教授を訴えたという事実は学科中に知れ渡っていたので、教授を支持する学生から心無い言葉を沢山あびせられました。彼らもある種、教授に洗脳されていたんだと思いますが、一番心に刺さったのは『あれくらいで助けを求めるなんて恥さらし!』という言葉。理不尽に怒られ、土下座までしたのが『あれくらい』なんて、おかしいですよね」

 アカハラは悲しいかな、当事者以外には重大な問題だと認識されづらいのだろう。その後、無事に啓太さんは教授と関わらずに卒業できたという。

 れっきとした人権侵害であるにもかかわらず、なかなか芸術系の大学・学科のアカハラの実態は明るみに出ることがない。先述したように、洗脳された被害者が声を上げるのも困難な状況であり、学校側が黙認しているケースもあるのだ。くだらないアカハラなどに苦しまず、多くの学生がのびのびと勉学に励めるよう、大学におけるハラスメント対策が強化されることを願ってやまない。

取材・文/鶉野珠子(清談社)

週刊新潮WEB取材班編集

2019年6月12日掲載

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