元巨人・上原浩治、百貨店の買い物袋で“演出”した「雑草魂」

野球2019年6月2日掲載

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 5月20日に現役引退を表明した元巨人の上原浩治。その代名詞は、ご存じのとおり「雑草魂」である。これは上原の風貌と球歴が起因するが、上原は当初、「雑草魂」という言葉がスポーツ紙に載ると露骨に嫌な顔をした。「俺、このフレーズ嫌いなんです。だって『雑草』って、期待されてなかった田舎者がまぐれで成功したとき、上から目線でレッテルを貼った下品な言葉でしょ」と冷ややかに笑ったものだ。

 投手4冠を制して、沢村賞と新人王を獲得する大活躍を見せた99年のルーキーイヤー。ところが、翌年から2年間、上原は途端に勝てなくなってしまう。原因は思い上がった素行と、自己流の間違ったトレーニングだ。学生時代に鍛え抜いた下半身が悲鳴をあげ、肉離れと膝痛を繰り返す。上原もサラブレッドではなかった「雑草」の悲哀を感じただろう。

 そんな時、投手コーチに就任した故・宮田征典と運命的な出会いを果たす。宮田は開口一番、こう指示した。

「登板前は遠投しろ。暇があったら黙々と走れ」
「オレの真似は決してするな」

 日本球界でリリーフ専門投手の草分けで、打者との間合いと呼吸術は天才的と言われた「8時半の男」を、上原はほとんど知らなかった。35年前の古い白黒ビデオを借りて、現役時代の宮田の好投を何度も見たが、不自然な投球間隔で、なぜ打者が空振りするのか全く理解できなかった。さらに、宮田の指示にも不満があった。意を決して、その疑問をぶつけると、宮田が即答した。

「遠投すれば球威が増す。暇なく走り続ければ悪い遊びも出来まい。俺の投球間隔で打者が打ちづらかったのは、オレの心臓疾患と肝機能障害のおかげなんだよ」

 宮田が意識的に投球モーションを遅らせていたのは、自分の呼吸を整えるためだった。重い持病を勝負の道具にしてしまう。それを知った上原は驚き、「この人こそ雑草魂の権化だ」と唸った。

 復活した上原は「雑草」を意識するようになった。

 5年目の宮崎キャンプ取材で、それを物語るような面白いシーンを目撃したことがある。遠投をする上原の足元には、いつもランニングシューズとタオルが入ったヴァレンチノの革バッグが転がっていた。当時の値段は20万円くらいだろうか。誰が見ても高級品だとわかる。

 ところが、練習が終わって本球場に移動する寸前、上原は地元の百貨店でもらった半透明のビニール袋を取り出し、急いでヴァレンチノとシューズとタオルを詰め替えた。それを担いで巨人ファンの渦の中を縫うように歩き出す。その格好を見ていた女性ファンの一言を覚えている。

「え〜っ、山形屋の買い物袋? 上原さんって、やっぱり、庶民感覚の雑草なんだわ」

 それを聞いて上原は「シメた」と思ったに違いない。この時すでに1億円の年俸を稼ぎながら、この男は、テレビカメラとファンの視線に「雑草魂」を演出していたのだ。

 2006年の夏に宮田が他界した時、上原は人目をはばからず号泣した。この時、恩人が果たせなかったメジャー挑戦の夢を実現しようと決意したようだ。レッドソックスでリーグ優勝決定戦のMVPを獲得し、ワールドシリーズを制した偉大な選手であれば、本拠地フェンウェイ・パークを“墓場”にするだろう。それにもかかわらず、古巣・巨人に戻って戦力外通告を受けながら、なお左膝を手術して現役続行に拘った44歳が決意した「引退」。

 上原はこれで本当の球界の「雑草」になった。

週刊新潮WEB取材班