オスがメス化!? フクロムシに奴隷にされたカニの皮肉な生涯【えげつない寄生生物】

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フクロムシとカニの出会い

 では、今回の不幸なカニはいつからフクロムシに体と心を乗っ取られたのでしょうか。まず、フクロムシとカニの出会いから見ていきましょう。

 フクロムシのメスは卵から孵化するとプランクトンのように海の中を漂います。そして、少し成長すると、カニの体内に侵入します。しかし、カニの体は硬い殻で覆われています。なのに、どのようにしてフクロムシはカニの体内に侵入するのでしょうか。まず、フクロムシはカニの体表にある毛の根元に付着します。するとフクロムシから針のような器官が伸びて、シュルシュルっと一瞬にして体内へと侵入していくのです。

 カニの体内に侵入したフクロムシは、徐々に植物が大地に根を張るように細い枝状の器官をカニの全身に張り巡らしていきます。そして、その部分からカニの体内の栄養分を吸い取ります。そして、フクロムシは十分に成長して生殖能力をもつようになると、カニの表皮を突き破って、自分の生殖器をカニの腹の外側に露出させます。

 カニの腹部の外側に飛び出したフクロムシは無防備です。腹部に飛び出した寄生者など、カニのハサミで取り除かれてしまいそうですが、そうはなりません。なぜなら、フクロムシは宿主であるカニの神経系を操り、まるでカニが自分の卵を抱いているかのように錯覚させているからです。実際、フクロムシに寄生されたイソガニの神経系を調べると、胸部神経節がフクロムシの組織に侵されているのが見つかります。そのような場所では、本来あったはずのカニ自身の神経分泌細胞が一部消えていたり、完全に細胞が消失していたりするものもいます。

オスのカニであっても卵を抱かせる

 フクロムシは、オスのカニでもメスのカニでも無差別に寄生します。オスのカニは卵を産まないので、卵を守る習性は本来ありません。しかし、フクロムシに寄生されたオスのカニは、不思議なことに徐々にメス化していくのです。フクロムシに寄生されたオスは、脱皮を繰り返すごとにメスのようにハサミが小さくなり、メスのように腹部が大きく広がっていきます。そして、もともとはオスであったカニも、まるで母親になったかのようにフクロムシの卵を自分の卵のように大事に育てようとします。そして、メスのカニが自分の子どもを孵化させ海中に拡散させるように、このオスのカニもフクロムシの卵の世話をし、フクロムシの卵が孵化するとそれらの個体を海中にまき散らすような行動をします。このようになったカニは自らの生殖機能を失ってしまいます。

 つまり、フクロムシに寄生されたカニはみずからの子孫を残すことはできず、ただフクロムシに栄養を与え、卵を守り、孵化したフクロムシの子どもたちを拡散させるためだけに生きていくまるで奴隷のような一生を送ることになります。

 こんなにも栄養を奪われ、奴隷のような生活を強いられるフクロムシに寄生されたカニの寿命は短くなりそうな気がします。ところが、繁殖能力を奪われているため、繁殖に使うエネルギーが抑えられ逆に長生きします。そのせいで、さらに長期間に渡ってフクロムシの子どもを育てていくという皮肉な結果になるのです。

存在感のないフクロムシのオス

 フクロムシが発見された当初、フクロムシは雌雄同体と考えられていました。なぜそう考えられていたかというと、フクロムシを解剖すると、大きな卵巣の下に小さな精子の詰まった組織のようなものがあったからです。その後の研究によって、その精巣だと思われていた組織が実はフクロムシのオスであることが判明しました。

 つまり、カニの腹の外側についている袋のような部分のほとんどはフクロムシのメスの卵巣です。そして、オスはその外側に出ている袋の片隅にいます。しかも、宿主であるカニが脱皮するときやフクロムシの孵化後には、この袋は一緒に無くなってしまいます。ということは、カニの脱皮の度に、袋の中にいたオスは海中にぽいっと捨てられてしまうのです。もちろん、フクロムシのメスはカニの体内に侵入しているため、脱皮の度に捨てられるなんてことは決してありません。

 フクロムシのメスは自分が取りついているカニの脱皮が終わると、またカニの外側に袋状の生殖器を露出させます。しかし、新しく出てきた袋の中にはオスがいません。そのため、フクロムシのメスは新しいオスを袋の中へ呼び寄せなければなりません。

 この時も、フクロムシに心も体も乗っ取られている宿主であるカニが、フクロムシのオスを呼び寄せるために必死に頑張ります。操られているカニは、しきりにお腹を動かし、腹の外側の袋(フクロムシのメスの卵巣)の中にフクロムシのオスを取り込もうとするのです。

 このように、フクロムシに寄生されたカニは何度脱皮して殻を脱ごうとも、フクロムシから逃れることはできません。哀れ寄生されたカニはホルモンと脳を操られ、オスさえもメスのようになり、フクロムシの卵を一生守り続けることになります。

フクロムシのお味は?

 人間の好奇心とは計り知れないもので、このようなちょっと気味の悪い寄生者でも食べてみようという方がいます。ある方はメスのモクズガニについていたフクロムシを茹で、別の方はアナジャコに取りついていたフクロムシをフライパンで炒って味わっていました。どちらの感想も簡単に言うと、「まずくはないがうまくもない」という感じだそうです。

カニの甲羅についている黒いつぶつぶの寄生者

 カニに取りつく寄生者はフクロムシの他にもいます。特に私たちがよく目にするカニの寄生者といえば「カニビル」だと思います。カニをまるまる購入するとその甲羅に直径5ミリほどの黒いつぶがついていることがあります。それが、カニビルという寄生者です。

 カニビルはその名の通り、カニについているヒルのような寄生虫です。カニビルは体内に寄生しているのではなく、卵がカニの甲羅にくっついているだけの外部寄生です。カニビルは、ふだんは柔らかい泥の中で生活しています。そして、産卵は通常、固い岩などにおこないます。岩の他にも、固い物であれば何にでも産卵する習性があるため、ズワイガニの甲羅、甲殻類、貝類の殻にも産卵します。また、カニビルがカニの甲羅に産卵した場合、カニの甲羅にのって様々な場所に移動することができるため、生活範囲を広げる効果もあると言われています。カニビルはズワイガニの甲羅に卵を産み付けるだけで、ズワイガニの体内に寄生したりはしませんから、カニにとっては無害な生物です。

※参考文献
Glenner, H., Hebsgaard, M.B. (2006) Phylogeny and evolution of life history strategies of the parasitic barnacles (Crustacea, Cirripedia, Rhizocephala). Molecular Phylogenetics and Evolution 41 : 528-538.
Walker, G. (2001) Introduction to the Rhizocephala (Crustacea : Cirripedia). Journal of Morphology 249 : 1-8.
高橋徹「性をあやつる寄生虫、フクロムシ」『フィールドの寄生虫学――水族寄生虫学の最前線』長澤和也編著 (2004) 東海大学出版会

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次回の更新予定日は2019年6月7日(金)です。

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成田聡子(なりた・さとこ)
2007年千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。理学博士。
独立行政法人日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所霊長類医科学研究センターにて感染症、主に結核ワクチンの研究に従事。現在、株式会社日本バイオセラピー研究所筑波研究所所長代理。幹細胞を用いた細胞療法、再生医療に従事。著書に『したたかな寄生――脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち』(幻冬舎新書) 、『共生細菌の世界――したたかで巧みな宿主操作』(東海大学出版会 フィールドの生物学⑤)など。

2019年5月17日掲載

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