安定政権となるか「南ア総選挙」直前情勢

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 南アフリカで5月8日に総選挙の投開票が実施される。1994年に全人種参加の選挙が行われ、ネルソン・マンデラ氏が初の黒人大統領に就任してから25年となる節目の年の選挙でもある。

 この間、「アフリカ民族会議(ANC)」が一貫して政権を握ってきたが、近年の党勢は衰退傾向にある。昨年2月にジェイコブ・ズマ前大統領の任期を引き継ぐ形で就任したシリル・ラマポーザ大統領が、前政権の腐敗で加速した支持者離れに歯止めをかけ、選挙後に本格始動する政権の安定につなげられるかが焦点だ。

支持者離れが進むANC

 アパルトヘイト時代の解放勢力であるANCは、民主化以降に5度行われた国政選挙で人口の8割を占める黒人の強い支持を受け、第1党の座を維持してきた。だが、その得票率は2004年の選挙で獲得した69.69%をピークにじりじりと下降線をたどり、2014年の前回選では62.15%にとどまった。

 1994年の全人種参加選挙で政権を取ったANCは、白人と黒人間の所得格差の是正に乗り出す。歴史的に不利を被ってきた黒人の地位向上に貢献する企業を優遇する「BEE制度(Black Economic Empowerment Act=黒人経済力強化政策)」を導入し、かつては一律に貧しかった黒人から富裕層が誕生した。

 だが、是正措置の恩恵を受けたのは一部で、社会全体は豊かにならなかった。2018年に発表された世界銀行の報告書によれば、南アの不平等は世界的に見ても最悪レベルで、所得の上位1割が国の富の71%を保有。下位6割が占めるのは全体の7%に過ぎないという。

 また、人種間の貧富の差も埋まらず、一握りのエリートが富を独占する状態が続いた。結果、黒人社会の間でも階層分化が進んだ。

 資源ブームが去った後の経済成長率は1%前後と低迷している。アフリカ大陸第2の経済大国の潜在力を発揮できているとは言い難い。失業率は約27%と高止まりし、若年層の半数が職にあぶれている。

 こうやって置き去りにされた貧困層が不満を募らせているのに、ANC内部は金権体質に染まっていった。 

 象徴的な存在がズマ前大統領で、2009年の就任前から兵器取引をめぐる多額の収賄疑惑が取りざたされた。就任後も故郷の私邸改修に公金を流用したとして裁判所から返金を命じられるなど、まさにキャンダルまみれである。親しいインド系富豪一家が閣僚人事に介入したり、国営企業との間で次々と有利な契約を結んでいたことも発覚した。

 こうした中で2016年の地方選でANCの得票率は大幅に減少し、過去最低の53.9%に終わった。いくつかの大都市では過半数も割り込み、首都プレトリアや経済の中心地ヨハネスブルグ、南部のポートエリザベスでは国政第2党の民主同盟(DA)に市長の座を奪われた。

 このままでは次の選挙で過半数割れしかねないという危機的な状況を受けて、ANC党内では任期満了を待たずに「ズマ降ろし」の動きが広がり、2018年2月に党勢回復の「切り札」として副大統領から昇格したのがラマポーザ大統領だった。

マンデラ氏の「秘蔵っ子」

 ラマポーザ氏は、1980年代に鉱山労働者のストを率い、90年代初頭にはマンデラ氏の右腕として、白人政権とのアパルトヘイト撤廃交渉を任された。卓越した交渉能力と戦略で一目置かれ、1994年に大統領となったマンデラ氏は、ラマポーザ氏が自身の後継者となることを望んだという。

 当時はANC内で支持が得られず、1996年に党の書記長を退任して実業界に転身し、投資会社を経営。米誌『フォーブス』によると、2015年時点の資産は約4億5000万ドル(約503億円)に上る。

 民主化後にANCとのパイプを利用して企業経営で成功を収めた黒人エリートの代表的な存在だが、支持者は、莫大な資産を持っているが故に「汚職に手を染める必要がない」と肯定的に評価する。

 満を持して大統領になったラマポーザ氏は、就任演説で「南アは新しい夜明けを迎えた」と表明し、約9年に及んだズマ前政権の悪習との決別を宣言。汚職一掃や財政赤字の要因となっている国営企業改革などに取り組む姿勢をアピールした。

 そして政権を発足させるや、「今後5年間で1000億ドルの対内投資を呼び込む」として、投資促進に向けた特任チームを設置。今回の総選挙に際してANCが発表したマニフェストでも、外国投資家の信頼を回復し、投資を増加させて経済成長に弾みを付け、毎年27万5000人の雇用を生み出すと公約している。

 こうした構造改革路線を市場もおおむね評価しており、議会でズマ氏の汚職疑惑を激しく攻撃してきた野党陣営も、攻め手を欠いているように見えた。

 だが、就任1年がたち、ラマポーザ政権に対する歓迎ムードにも変化が生じている。

 ラマポーザ大統領は調査委員会を設置して、ズマ政権下で横行した汚職について調べているが、元閣僚や党幹部らの不正に関する証言が相次いで飛び出し、連日のようにニュースをにぎわせてきた。一部の閣僚が辞任に追い込まれたが、汚職関与で有力政治家が逮捕されるには至っていない。

 今回の立候補者名簿にもズマ時代に甘い汁を吸ってきた人物が名を連ねており、野党からは「体制内で汚職を見逃してきた人物に改革は実行できない」と批判されている。

 また、国営電力会社「エスコム」の経営難から電力不足が悪化し、ここ数年では最大規模の計画停電が続いたことも不安を抱かせた。停電によって市民生活は混乱。経済活動にも影響が出ている。長年の汚職や放漫経営の結果だが、経済建て直しの「救世主」というラマポーザ大統領のイメージに傷をつけた。

 粗末な住居が密集するタウンシップ(旧黒人居住区)で劣悪な生活を強いられている住民の抗議行動も各地で相次いでいる。低所得者層の生活向上という公約をないがしろにしてきたANC政権の責任が、改めて問われている。

政権基盤を固められるか

「黒人が自由に暮らせるのはANCのおかげ」。アパルトヘイト体制を経験した世代にはいまでも、解放闘争を率いたANCへの忠誠を誓う人が多い。

 有権者からの強い批判にさらされているとはいえ、今回の総選挙でも「マンデラの党」という絶大な看板を持つ同党の優位は動かない。下院(定数400)議席の過半数を維持し、ラマポーザ大統領を再任すること自体は既定路線だろう(南アの大統領は直接投票ではなく、下院で選出される仕組み)。

 問題はどの程度の支持を集められるかであり、党勢衰退に歯止めをかけられるかだ。それによって、選挙の洗礼を受けて本格的に始動するラマポーザ政権が安定した政権基盤を築けるかが決まる。

 ANC関係者によれば、今回の「勝敗ライン」は得票率6割に設定しているという。2014年の前回選で獲得した62%をやや下回っても、2016年の地方選で過半数割れの危機に瀕したことを考えれば、踏ん張ったという見方ができる数字だ。

 注目されるのは、2016年の地方選で苦杯をなめたプレトリアやヨハネスブルグなどでどこまで盛り返せるかだ。都市部で増えた黒人中間層は相対的に教育水準が高く、政治を見る目はよりシビア。過去のレガシーに頼るだけでは振り向かなくなりつつある。地方選では中間層の一部が離反し、アパルトヘイトに反対した白人リベラル政党をルーツとするDAなど野党の躍進につながった。

 左派ポピュリスト政党の「経済的解放の闘士」(EFF)も、ジュリアス・マレマ党首が「白人に奪われた先祖の土地を取り返せ」などと訴え、若者を中心に支持を広げている。

 DAは内紛に揺れたこともあり今回は伸び悩みそうだが、EFFの得票率(初めて参加した2014年の総選挙は6.36%)は10%台に届くかもしれない。

 世論調査などを見ると、ANCの現状には不満があっても、ラマポーザ大統領に対する期待は依然大きい。筆者は先日、ヨハネスブルグの新興住宅地で中間層の意見を聞いて回ったが、「ANCの体たらくにはうんざり」しているものの、ラマポーザ大統領に改革を実行するチャンスを与えるべきか迷っている人が少なくなかった。

「新たな夜明け」というラマポーザ大統領のメッセージが揺れる支持者の心をつなぎ留め、前回棄権した人を再び投票所に向かわせることができれば、勝敗ラインをクリアできる。

 筆者個人としては、ANCの得票率は50%台後半から6割をわずかに上回る範囲に落ち着くのではないかとみている。仮に50%台前半にとどまれば、党内対立が先鋭化して早期の解任論が浮上する事態にもなりかねない。

 ラマポーザ大統領はこれまで、汚職疑惑で退陣したズマ氏に近い人物を閣僚に起用するなど、党内バランスに配慮した形での政権運営を余儀なくされてきた。いわば、身内に足を引っ張られる状況が続いており、就任後の成果に乏しい印象があるのは、こうした事情も影響している。

 そうは言っても、政府や党内に腐敗がまん延し、経済を失速させたズマ時代の負の影響を取り除くには時間がかかるのも事実だ。

ラマポーザ大統領が南ア再生に向けた政治・経済改革を推進するには、今回の総選挙で有権者の信任を得て政権基盤を固められるかが重要なポイントになる。

小泉大士
1974年生まれ。早稲田大学教育学部卒。1999年からインドネシアの邦字紙『じゃかるた新聞』の記者として同国の民主化を取材。2006年に毎日新聞入社後、社会部での事件取材などを経て、2016年4月からヨハネスブルク支局でアフリカ報道を担当する。

Foresight 2019年4月26日掲載

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