狙いはスリランカの不安定化か……世界震撼「連続自爆テロ」の背景

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 スリランカで凄惨な爆弾テロが起きた。死者・負傷者合わせて現時点の情報で500人を超える。しかし、テロを実行した組織の実態や背景はいまだ不明のままだ。いずれにせよ、南アジアで地政学的に重要な位置にあるスリランカが揺らげば、米中の世界戦略にも影響を及ぼしかねない。このテロが、長く続いた内戦を終わらせ、復興に向かおうとしているスリランカの未来を曇らせるのに十分な効果を上げることは間違いない。

動機面で謎が多い

 テロは事実上、同時多発的に行われた。最初に被害にあったのはキリスト教の教会だった。4月21日日曜日の午前9時前、首都コロンボとコロンボから少し離れたニゴンボ、そして、島の反対側にあるバティカロアの3つの教会で爆発があった。この日はちょうどキリスト教の復活祭(イースター)であり、礼拝堂は普段より多い信者で溢れていたという。復活祭が狙われたのは疑いようがない。

 その後、間もなくしてコロンボのシャングリラホテルなど複数の高級ホテルで自爆テロと見られる爆発が相次いで起きた。

 死者は300人に近づき、多数の外国人も巻き込まれた。日本人1人の死亡も確認されている。アジアでは近年にない大型のテロ事件だと言える。

 スリランカは多宗教・多民族の国家であるが、多数派は国民の70%を占める仏教徒のシンハラ人だ。一方、長年におよぶ内戦をシンハラ人勢力と戦っていたのが、人口の15%を占めるタミル人勢力だった。

 今回ターゲットとされたのは「キリスト教」と「外国人」という印象だ。英国統治の歴史の影響もあって、人口の7~8%を占めているスリランカのキリスト教徒は経済的に比較的恵まれた層で、対立を作り出すような存在には見えない。しかもキリスト教徒は、シンハラ人にもタミル人にもまたがって存在している。だから、今回のテロについては現地のスリランカ人ですら、動機面で解明できない謎が多いと感じている。

練り上げられた計画的オペレーション

 今回標的の1つになったニゴンボという街は、バンダラナイケ国際空港からも程近く、歴史的に多くのキリスト教徒が暮らしている。昨年筆者がスリランカを訪れた時もニゴンボの街中には聖母マリア像があちこちにあり、外国人向けのリゾートホテルも多く、ほかのスリランカの土地とは違った穏やかなムードを漂わせている場所だった。

 別の攻撃のターゲットになったコロンボのホテル街は、現在、ホテルや高層ビルの建設ラッシュを迎えている最中だった。スリランカは世界遺産に指定されている仏教遺跡や、美しいビーチなど観光資源に恵まれており、観光地としての潜在性は高い。

 けれども、長年、シンハラ人とタミル人との対立を抱え、内戦による治安への不安があり、観光客の行動も制限され、外資はスリランカへの投資に二の足を踏んでいた。

 しかし2009年、独立を求めて抗争の主役を演じてきたタミル人過激派組織「タミル・イーラム解放の虎」をスリランカ政府が事実上壊滅させるに至って、スリランカは安定した治安を取り戻し、待ち望んだ経済発展の時を迎えるはずだった。

 このテロから浮かび上がるのは、周到すぎるほどに練り上げられた計画的オペレーションであったということだ。おそらくは20~30人のチームが長期間準備し、同時に行動しないと、これだけのテロは起こせない。すでにスリランカ警察が多数の同国人を逮捕しているという。

「IS」に感化された勢力が……

 ターゲットとしては、前述のように、キリスト教と外国人が浮かび上がる。ここから想像されるのは、「欧米」に激しい憎しみを抱いているグループである。しかしこの点については、従来の「シンハラ=仏教徒VS.タミル=ヒンズー教徒」というスリランカ内戦の構造から容易には分析できない。

 ここ数年、一部の過激化した仏教指導者がイスラーム教徒やモスクを襲撃するように仏教徒に呼びかけ、多数が逮捕される事件もあったが、仏教徒のグループに今回のような高度な連続テロ事件を起こす組織力があるとは考えにくい。しかも、シンハラ人中心の現政権にマイナスとなる大規模テロを起こす必要性も見当たらない。

 では、シンハラ人でもタミル人でもなければ、誰がやったのか。あるいは誰かが背後で操っているのか。その辺りが今回のテロの原因解明のカギになってくるだろう。

 確かに自爆テロも含んでいたと見られる今回の犯行の手法はイスラーム過激派組織「IS(イスラーム国)」などを想起させる。しかし、スリランカのイスラーム教徒はもともと貿易商出身の家系が多く、経済的にも恵まれており、こちらも、あえて国家を敵に回すような戦いを挑む理由は想像しにくい。

 考えられるとすれば、国内の一部イスラーム勢力に、外部のテロリスト集団がノウハウやアイデアを提供し、共同作戦によって今回の連続テロを起こした、という可能性ぐらいだろう。インドやモルジブなどの近隣国を含めて、「IS」に感化された勢力が外から入り込んでいる可能性はある。

 直前に外国機関からスリランカ政府に対し、テロの計画に関する情報がもたらされていた、という報道も出ている。もし本当ならば、スリランカの治安組織は大失態という批判を免れないだろう。

スリランカ経済に与えるダメージ

 スリランカは地政学的にも海洋交通の面でも、たいへん重要な場所にある。アジアからマラッカ海峡を抜けてインド洋に入った船舶は、スリランカにたいてい寄港する。日本のシーレーンにも重要な国だ。その港湾機能を狙って中国がハンバントタ港の使用権を獲得したことはよく知られている。中国の進出に危機感を抱いた米国も、近年はスリランカ重視を強めていると言われる。

 このテロがスリランカ経済に与えるダメージは計り知れず、その影響から立ち直るには数年はかかるに違いない。投資や観光客の誘致もしばらく停滞するだろう。いまスリランカにとって最大の投資元となっている中国ですら、今後のスリランカとの付き合いにはしばらく二の足を踏むのではないだろうか。

 スリランカそのものの不安定化――そんな目的を実現したい勢力とは誰なのか。犯人グループの実態解明が待たれるところだ。

 

野嶋剛
1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、「台湾とは何か」(ちくま新書)。訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。最新刊は「タイワニーズ 故郷喪失者の物語」(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com。

Foresight 2019年4月22日掲載

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