貴重な「イチロー」インタビュー“ぼくの結婚” 引退で最注目、弓子夫人とのなれそめ

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タイヘンだったマスコミ対策

 イチローと弓子さんが結婚したのは、12月3日。米ロサンゼルス近郊の「リビエラ・カントリークラブ」で、内々に挙式を行う段取りだった。が、直前にスポーツ紙がスッパ抜いたため、数十人の報道陣が集まる騒ぎとなり、ゴルフ場側の要請でロス市警が急遽出動。式は、マスコミをシャットアウトして挙行された。

「ゴルフ場での挙式は、すごくよかった。建物のテラスでやったんだけど、そこにバージンロードを作ってくれたんです。そのあとみんなで食事をしたけど、カジュアルな感じで楽しかったですよ。マスコミのヘリコプターが飛んでいたことは知ってます。報道では、“式では熱いキスを交わした”なんて書かれたけど、ほっぺにチュッとやっただけですよ……」

 ふたりが知り合ったのは、イチローが日本初の210本安打を達成した’94年。TBSのアナウンサーだった弓子さんが、取材をしたのがキッカケだった。その後、ラジオで共演したこともあるが、本格的に交際を始めたのは’97年8月。

「デートは、よく食事に行きました。彼女が神戸に来ることもあったけど、殆どはぼくがゲームで東京に行った時だった。六本木とか人の多いところには行かず、静かな場所の馴染みの店に行ってました」

 それでも2人だけでは怪しまれると、友人に同席してもらうことが多かった。

「毎回同じ人じゃ悪いから、今度はこの人、次はこの人、というようにいろんな人に頼んだ。一路真輝さんに頼んだこともあるんですよ」

 以前、イチローは元宝塚の女優・一路真輝との交際を騒がれたが、実はこの人、「カモフラージュ役」だったようなのだ。

「店の出入りにも気を使いました。例えばぼくがタクシーで店に行き、彼女のほうは友人の車で入る、というふうにした。帰りも、わざわざ別々のタクシー会社を呼んだりした。それぐらい周囲の目を警戒しました。いつも、どうやって会うかふたりで相談していたんです」

’97年オフ、イチローは名古屋近郊の実家に彼女を連れて行き、両親に紹介した。

「このときも苦労しました。ぼくが神戸から車を飛ばし、彼女は東京から新幹線で向かった。でも、名古屋で待ち合わせるのは危ない。そこで、彼女は静岡駅で下りることにして、それをぼくがピックアップして実家に向かった。そのほうが、見つかる可能性は低くなりますから」

 そして’98年1月、お互いに結婚を約束。弓子さんは’99年3月、TBSを退社して実家のある島根県松江市に帰った。

「この間、彼女が料理を習っていたとか、米西海岸に語学留学していたなんて報じられたけど、ぜんぶウソ。アメリカには一度も行ってない。結婚式は、半年以上前から準備しました。場所は海外で、というのは初めから決めていた。12月3日という日付も、みんなの都合を聞いて決めた。ダイヤの婚約指輪も贈ったし、オフに入ってから結納もした。結婚に関しては、本当に慎重に進めたんです」

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