米PGAツアー「賭け解禁」で沸き起こった「批判」「反論」「大激論」

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 米フロリダ州オーランドの「ベイヒル・クラブ&ロッジ」で開催された米PGAツアーの大会「アーノルド・パーマー招待」(3月7~10日)で、オーストラリア出身選手のジェイソン・デイ(31)が腰痛を理由に途中棄権(WD)したところ、「ある方面」で批判の声が上がり、ちょっとした騒動と化した。

 それは、少なくともこの二十数年間、米ゴルフ界や米PGAツアーにおいて起こるはずがなかった現象だ。

 まず、デイが途中棄権するに至った経緯を説明しよう。

 デイは米ツアー通算12勝を誇り、かつては世界ナンバー1にも輝いたトッププレーヤーであり、同大会の2016年覇者として大きな期待を担いつつ、今年のベイヒルにやってきた。

 しかし、練習を行うことなく、初日のスタートホールとなった10番ティに立った。そして7ホール目の16番で第2打を打った直後、腰痛を訴え、その場で棄権。そのままクラブハウス方向へ引き上げていった。

 腰痛が発症したのは前週に行った練習中だったという。デイは“第5のメジャー”とも呼ばれる「ザ・プレーヤーズ選手権」の2016年覇者でもあり、パーマー招待の翌週(3月14~17日)に米フロリダ州の「TPCソーグラス」で開催される同選手権に備えるため、今大会の前週にソーグラス入りし、ほぼ1週間、独自練習を行っていた。

「でも火曜日から土曜日まで、ずっと腰に痛みがあり、日曜日は歩くのも車の座席に座っているのも痛くなった」

 とうとう練習ができなくなり、MRI検査を受けたところ、腰椎にヘルニア的な症状が出ていると診断された。そのため、A・パーマー招待では練習を休み、ぶっつけ本番で初日に臨んだのだが、いざスタートしてみたら腰は想像以上に痛み、プレー続行は無理と判断したデイは、7ホール目で棄権を宣言したのだった。

「腰痛なんて聞いてないよ!」

 選手が傷病を抱えたままスタートし、途中で断念して棄権するケースは、もちろん、これまでも数えきれないほどあった。しかし、そのたびに途中棄権したことの良し悪しが取り沙汰されることは、まずなかった。

 それなのに、なぜ今回のデイの途中棄権が騒動と化したのかと言えば、棄権したこと自体が批判されたわけではない。ひどい腰痛を抱えていることをデイが誰にも明かさず試合に臨み、その挙句に棄権せざるを得なくなったことに、「特定の方面」から批判の声が上がったのだ。

 そのうちの1つは、「開幕前からそれほど腰が痛かったのなら、事前に欠場してあげれば補欠選手が出場できたのに」という声。これは補欠選手の側に立って発せられた声であり、一理あると言えなくはない。

 だが、デイの側に立って考えれば、過去の優勝者であるデイが大会やファンのためにもなんとか出場したいと考え、ダメ元でトライしたことは頷ける。そして、これと似たケースは、今回のデイに限らず、過去にも数えきれないほど起こってきた。

 そう、今回のデイの途中棄権に向けられた批判の多くは、補欠選手のためを思っての声ではなかったのだ。

 米国のある記事に、こんなフレーズがあった。「デイが途中棄権した直後、ギャンブルの世界からは叫び声が聞こえてきた」

 つまり、デイの途中棄権は、彼に賭けていたギャンブラーたちから「腰痛なんて聞いてないよ!」と批判されることになったのだ。

カジノとのスポンサー契約も解禁

 この批判だけ聞いても、一体どういうことなのかと首を傾げてしまうかもしれない。

 米国では1990年代序盤から昨春までの二十数年間、ラスベガスを擁するネバダ州以外のほぼ全域で「スポーツ・ベット(賭け)」が法律で禁じられていた。だが、昨2018年5月、米国の最高裁判所はこれを一転させる判決を下し、以後、スポーツ・ベットが一定の条件下ではあるが、ほぼ解禁となった。

 そのため、様々なプロスポーツ界とカジノやブックメーカーといったギャンブル界が互いに歩み寄る動きが一気に活発化しつつある。プロスポーツ界にとって、ギャンブル界の潤沢な資金は大きな魅力であり、ギャンブル界にとってプロスポーツはベットの対象となる魅力的な素材である。相互協力はビジネスチャンス拡大につながり、互いに大きな価値が見出せるというわけだ。

 日本では、『toto』『BIG』で知られるサッカーくじが公営ギャンブルとして法整備され、2001年から正式導入されたが、当時も社会的な議論が巻き起こった。スポーツ振興のためとは言え青少年の健全育成に悪影響を与える等々、批判の声も強かった。が、その後はJリーグ人気とともに批判の声も小さくなり、いまではネットやコンビニでも気軽に購入できるようになっている。

 もちろん、いまでもギャンブル界との歩み寄りはスポーツ界にとってイメージ的にも悪影響と思う人もいるかもしれない。そして米国でも、そう感じる人々はたくさんいると思われる。

 しかし、カジノのみならず、高級レストランやショップ、ホテル、チャンピオンシップ級のゴルフ場なども兼ね備えた豪華な大型カジノ・リゾートが全米各地に点在し、家族連れがバケーションで訪れている昨今の米国社会においては、楽しみながら勝敗などを予測して賭けをするスポーツ・ベットを必ずしも「悪」とは受け取らない風潮になりつつある。

 そんな中、米PGAツアーもギャンブル界との歩み寄りに踏み出し、ツアー選手の情報やショットリンクなどのデータを共有する方法を模索しているという。

 そして今年2月には、選手とギャンブル界の一部の企業・団体とのスポンサー契約も解禁となった。今後は、選手たちのキャップやウエア、ゴルフバッグにカジノ・リゾートのロゴマークも光ることになる。

 とは言え、ロゴマークに「カジノ」という言葉が含まれていてはいけない、オンライン・カジノとの契約はNG等々、諸々の但し書きがある。米ツアーとギャンブル界のアプローチの範囲に関しても、専門家以外には理解できないほどの複雑で高度な様々な諸条件が付けられていることは言うまでもない。

選手たちも激しく反論

 選手にとっても大会やツアーにとっても、契約金やスポンサー収入が増えることはウエルカム。だが、今回のデイの欠場に関する批判騒動は、ギャンブル界との距離が縮まったことで新たに浮上した騒動だった。

 デイがひどい腰痛を抱えていたことを事前に知っていたかどうかで賭け方は大きく異なっていたはずで、「そんな重大な情報をなぜ(デイ、メディア、ツアーは)提供しなかったのか」という批判の声がSNSなどで上がったのだ。

 パーマー招待の開幕前、ラスベガスのブックメーカーは2016年大会覇者のデイを優勝候補の5番目に位置付け、優勝確率を14倍に設定していた。「そんなデイに大金を賭けた人もいる」「欠場するかもしれない故障を抱えていたことを、デイが事前にまったく明かさなかったのは、ひどい」等々。

 もちろん、そうした批判に対して、一部の選手たちは激しく反論した。

「ギャンブラーのためにプレーしているわけじゃない」

「チーム競技なら個々の選手の健康状態や調子をチームが把握し、チームが外部へ情報提供することもできるだろうが、ゴルフは個人競技ゆえ、選手1人1人が自分の近況をいちいち外部へレポートすることはできない」

「賭けた選手が勝てば、その選手が実は故障を抱えていたと後から聞かされても文句は言わないはずだ。賭けに負けたときだけ情報が無かったと文句を言うなんて」

 新ツアー日程に新ゴルフルールという具合に次々に変革を推し進めている米ゴルフ界と米PGAツアーだが、「理想的なスポーツ・ベット」は、今後も様々な議論が巻き起こりかねないだけに、さらなる課題となりそうである。

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舩越園子
在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。

Foresight 2019年3月13日掲載

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