鬱屈と世知辛さが織り込まれた傑作「ゾンビ」ドラマ

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 みんな、鬱屈している。

 勢いで東京に出たものの、何かになれたわけでもなく、そもそも目標も執着も薄い主人公が石橋菜津美。結婚もしてみたが、偶然出会った地元の先輩(大東駿介)というお手軽さ。その夫もどこぞの女と浮気して、一方的に離婚を求めてきやがって。夫に、自分に、鬱屈。

 実家に戻ったものの、父(岩松了)の会社は倒産。近所のコンビニで働く父は年下の上司に怒られっぱなし。父の鬱屈。そして田舎を脱出したい妹(片山友希(ゆき))は東京の大学を目指していたが、家計は苦しくなり、断念せざるを得ず。父に猛烈八つ当たり。次女の鬱屈。威厳の欠片もない父を決して責めない母(原日出子)。家族の諍いから逃げるように通販番組を眺める。決して買えないのに。母の鬱屈。

 そんな家では息苦しくて、石橋は友人宅に避難。真面目で堅実、世間体を第一とする女友達(瀧内公美(くみ))の家だ。セクハラ上司をスルーするしかない会社で働く鬱屈、田舎を抜け出せなかった鬱屈から不倫に逃げてしまう。相手はなんと大東だ。

 もちろん、鬱屈した人ばかりではない。「あたしバカだから」と何事も暢気(のんき)にいなしてしまう土村芳(かほ)もいる。勉強はまったくできないが嘘はつかず、時折真理を突く。地元のスナックで働き、前科者だがヤクザではないバツイチ山口祥行(よしゆき)と交際中。山口の小学生の娘(根本真陽(まはる))は母の再婚を機に、父を訪ねてきた。

 で、石橋は無気力無関心を貫き、いつ死んでもいいと思っていたはずなのに、ある状況に晒されて、生きることを俄然切望し始める。

 鬱屈した田舎の人間関係といい、修羅場を迎える展開といい、なかなかに芳(こう)ばしい人間ドラマである。が、問題は「ある状況」だ。どうやら国が極秘裏に行っていた人体実験失敗のせいか、片田舎の町にゾンビがあふれかえっているのだ。タイトルは「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」。ホラーもゾンビも苦手な私が食い入るように観て、毎週楽しんでいるドラマである。

 設定もセリフも掛け合いもリアルで中身が濃いから、ゾンビはただの背景、あるいはスパイスにしか見えず。ゾンビに囲まれた異常事態で生死を分ける極限状態にもかかわらず、些末なことで言い争う一座の皆さん。妙なテンションにくすっと笑えるし、心情描写の切なさにぐっとくる場面もある。胡散臭い家族モノでもないし、陳腐な不倫復讐モノでもない。ゾンビにリアルもへったくれもないが、元・人間である生臭さも伝わる。

 若手女優3人もそれぞれがそっけないくらいに自然体。好ましいし、頼もしい。男性の残念な習性とヘタレっぷりを余すところなく体現する岩松と大東も憎いほど適役。早々に噛まれてゾンビになっちゃった渡辺大知もなぜか可愛い。キャスティングのセンスが抜群だ。

 この状況を外側から見せるのがユーチューバーの川島潤哉と、謎のピザ屋・阿部亮平。この構図も新鮮で。

 ただのパニックモノではない。鬱屈と世知辛さを織り込みつつ、人生の分岐点を描く傑作に太鼓判を捺す。苦手を克服した気もする!

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2019年2月21日号掲載

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