伊達マスクはほどほどに!(石田純一)

芸能2019年2月13日掲載

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石田純一の「これだけ言わせて!」 第22回

 最近、マスクをしている人が多い。風邪が流行っているから当たり前? いや、風邪とかインフルエンザ予防とかとは関係なく、している人が多い。伊達メガネならぬ伊達マスク。要するに、マスクをしていればノーメークでも平気だとか、他人との余計な関わりを持たなくて済むとかというわけだ。いままでも女優さんが帽子にマスクの出で立ちで、近づいてきて挨拶するとき帽子とマスクをとって、「あっ、○○ちゃん!」と初めてわかるということが時々あったが、動機はそれに似ているのだろう。

 見ていると、特に若い女の子の間に目立つように思えるが、事実、いま伊達マスクをしている人の半数は20代の女性だそうだ。彼女たちに合わせてなのか、黒をはじめ白以外のものも登場しているし、形状もスマートなものが増えている。耳が痛くならない、鼻が窮屈でないなど、着け心地にも配慮されている。

 たしかにマスクの効用はある。花粉もPM2.5のような大気汚染も防げる。保湿効果を売りにしたマスクもあり、新幹線や飛行機のなかで喉の乾燥を防ぐことができる。また、女性にとっては化粧しないで出歩けるというのは、便利なのだろう。ただ、会いたくない人と会っても気づかれずに済むから、という理由は、多少両刃の剣のような気もするのだ。
ちなみに、僕は基本的に伊達マスクはしない。装着感があまり快適でないし、白いのが少しでも汚れると不潔な感じがする。まぁ、一応僕も芸能人なので、急に「写真撮ってもいいですか」などと話しかけられて驚くこともあるけれど、マスクをしているのに気づかれた時のほうがドキッとするものだ。

 で、思うのは、最近、ただでさえコミュニケーションが必要最低限になっているのに、マスクをして、これ以上周囲と分断されてしまっていいのか、ということだ。みんなそんなに一人になりたいのだろうか。このままでは、他人と直接接するのが、ますます苦手になってしまわないだろうか。顔を人前にさらすのが恥ずかしい、照れくさい、と思っているうちに、顔を見せることのハードルが、どんどん高くなってしまわないだろうか。
昔、日本でも欧米でも下着をつける習慣がなかった。18世紀ごろにフランスで穿きはじめて、いまでは穿かない人などまずいないが、このままいくと少なくとも日本は総マスク社会になってしまいそうな勢いだ。

 まぁ、年ごろの娘がいる親の立場に立てば、マスクをしているほうが怪しい男が寄って来なくていい、という気持ちになるのもわかる。だが、ただでさえSNS全盛で人と人との直接の関わりが希薄になっているなかで、話しかけられることのハードルがこれ以上高くなってしまうのは心配だ。

 NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」で出雲地方のある地域を訪ねた際、だれもが知り合い同士なのに驚いた。周囲に無関心の都会と対照的で、地域の人たちがたがいに干渉し合っているのだ。面倒くさい、わずらわしい、という面もあるだろうが、人々の温かさは身に染みた。また、日本でも、イタリアなどの外国でも、このようにコミュニケーションが密な地域のほうが住人が健康で長生きだというデータもあるという。コミュニケーションを排除しないほうが精神のバランスがとれるのかもしれない。
僕も街で「がんばってください!」「応援してます!」と声をかけられたほうが、体によく、心もほっこりするような気がする。マスクもほどほどに。

石田純一(いしだ・じゅんいち)
1954年生まれ。東京都出身。ドラマ・バラエティを中心に幅広く活動中。妻でプロゴルファーの東尾理子さんとの間には、12年に誕生した理汰郎くんと2人の女児がいる。元プロ野球選手の東尾修さんは義父にあたる。