人類「火星滞在」に警鐘「宇宙模擬実験」の驚愕体験レポート(中)

国際Foresight 2019年2月11日掲載

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 2016年から翌年にかけて火星模擬居住実験「Mars160」に参加した村上祐資さん(40)の前に、個性派揃いのチームが現れた。まさに「過ぎたるは及ばざるが如し」という表現がピッタリな面々。

 それを物語るのが、シロクマ対策を巡る以下の顛末である。ただしここで語られるクルーの姿はあくまでも村上さんの視点から捉えたものだということを、予め断っておきたい。

シロクマがデビルのような存在に

「出発前のSkype(インターネット電話)会議で、FMARS基地でシロクマが出た時のルールを決めておこうという話になったんですね。と言っても、誰もシロクマに遭遇したこともなければ、退治したこともないので、本当のところはみんな分からない。それでも調べるのは得意で、問題を棚上げにできない人たちなので、真剣な議論がはじまりました。シロクマがこういう表情や動きを見せた時は、こういう気持ちになっているらしい、こういう時は銃で撃った方がいい、と。すると、どんどん話が極端になっていき、いつしか彼らの中でシロクマがとんでもなく恐ろしいデビルのような存在になっている。僕は“そんなことないぞ~”と思いながら黙って聞いていましたが、議論を重ねれば重ねるほど常軌を逸したチームになっていった」

 そして数カ月後、FMARS基地での実験がはじまったのだが、

「火星模擬居住実験ではクルーにさまざまなミッションが課されます。その1つがEVA(船外活動)で、当番の数人が宇宙服を着て外に出て、地質や空気の調査をする。FMARS基地ではシロクマ問題があるので、当番のクルーとは別に1人が警戒役として銃を持ち、見回る決まりになっていました。ただし、その警戒役は本来はいないはずの存在なので、透明人間に徹しないといけない」

 その役を最初に買って出た隊長が「超」のつく自惚れ屋であった。

隊長自らルール違反

「初回のEVAで、“この危険な役はまず自分がやる!”と言って意気揚々と出て行ったはいいものの、基地があるのは島の内部の開けた場所。見晴らしがよく、シロクマが現れてもすぐに分かるうえに、そもそもシロクマが頻出するような季節でもありませんでした。すると隊長は、すぐに飽きてしまった。このEVAでは3時間ほど地質調査をする予定でしたが、1時間もしないうちにルールを破り、“そこにいい石があるから、チェックしろ”などと調査中のクルーに話しかけはじめたわけです。しかも本職の地質学者がいるのに、自分の方がいい石を見つけられると思っているのか、あれこれ偉そうに指示を出す」

 さすがに呆れられ、ミーティングで追及されることとなった隊長。すると、思わぬ抗弁が返ってきた。

「“透明人間の役はロボットということでどうだ!?”と言うわけです。“宇宙ミッションにはロボットを連れていくよね。そのロボットが銃を持っていることにしよう。ロボットだから荷物も持てるし、新しい発見をすればクルーに指示もできるよね”と。透明人間をロボットにすることで、何でもありにしてしまった。明らかにイライラしているクルーがいて、これはマズイなと思いましたね」

 だが、副隊長の村上さんが隊長に異を唱えれば、ともすると「隊長派」VS.「副隊長派」の派閥争いに発展してしまう。

「見本となる警戒役はこれだ、というのを言葉ではなく背中で見せるしかなく、僕が警戒役の時は隊長に別の見本が存在する可能性を示すため、徹底的に空気になりました。慣れれば可愛い人なのですが、まあ出しゃばり。ただ、それを僕が言うとチームのバランスが崩れてしまうので、隊長を立てつつブレーキをかけるにはどうしたらいいか、ということをいつも考えていました」

漬物が国際問題に発展

 行き過ぎた議論に、出過ぎた隊長。それは実験のほんの一幕で、他のクルーも似たり寄ったりだったという。

「たとえばユタのMDRS基地に滞在中、地球側から物資を補給してもらうことになり、何がいいか話し合っていたのです。すると、あるクルーが漬物と言って譲らない。みんなが難色を示していると、漬物がいかに自国の食文化にとって重要かという話になり、それをみんなが分かっていない、と半ば国際問題に発展してしまった。いくら国の文化に根付いているとはいえ、あくまでも個人の嗜好品で、他の人の嗜好品と同列のものなのに、そこにハッとできない」

 あるいは「ない」ということ気付くともうアウト、というクルーもいた。

「FMARS基地では、発電機の燃料をできるだけセーブするために、午前と午後に数時間ずつ稼働を止めていました。その間は部屋が少し寒くなり、電子機器の充電ができません。最初からそういう計画だったのに、そのクルーは暖房がつか”ない”こと、充電ができ”ない”ことにストレスを感じはじめた。最初は“寒いな~”くらいだった愚痴が、だんだん“寒い!”になり、最後の方は発電機のオン、オフを決める隊長にガンガン詰め寄っていた。しかも、そのクルーは自分が矢面に立って傷つくのがイヤなのでしょう。自分の不満を他人に言わせようとするところがあり、“ユウスケ、この間、電気を欲しがっていたよね?”と話を振ってくるのです」

 閉鎖空間で如何にじわじわと不満が募り、ぎしぎしと人間関係が軋み始めるか、ご想像いただけるだろうか。

 もっとも、ここで付言しておかねばならないのは、村上さんを「いいクルー」と見做すのは早急だということ。

「僕が語ったことは1つの見方でしかありません」

 村上さんは、そう念を押す。

「こういう閉鎖空間では、それぞれがそれぞれの視点で違う“現実”を捉えていて、どれが正しいかという答えはない。それぞれが自分の捉える“現実”に沿って、ベストと思うことをしているのです。僕はできるだけ客観的に見ようと心がけてはいましたが、それが“合っている”とは限らないし、僕を“いいクルー”と思っていた人もいるかもしれないけれど、“イヤな奴”と思っていた人もいるかもしれない。実際、アメリカ人宇宙飛行士がスペースシャトルのミッションを振り返った自叙伝があるのですが、ジャーナリストが同じミッションを取材して書いた本と、まるで人物像が違う」

 物事を客観的に見ることは、言うほど簡単ではない。ましてや自分という存在が剥き出しになる、逃げ場のない閉鎖空間では、なおさらだ。

日本語的な言語体系が人を救う

「これが職場や家庭なら、何か問題が起きても、家に帰るなり1人になるなりすれば、頭も冷えます。でも、閉鎖空間では気持ちをリセットできる時間も場所もない。昨日のことを確実に引きずるのです。すると、いったん人間関係が壊れてしまったら、もう修復できません。過去の実験では、途中で帰ってしまうクルーもいましたし、終了とともにもう口をきかないというチームもありました」

 ロシアの南極観測基地では昨年10月、隊員が同僚をキッチンナイフで刺す殺人未遂事件が起きている。動機は本の結末をバラされたこと。あり得ないことが起きるのが、閉鎖空間という極地なのだ。

 幸い「Mars160」は無事に終了し、過去すべての実験を見てきたディレクターからは、「今までだったら破綻していてもおかしくない状況だったが、破綻しなかった」と評されたという。

「ディレクターからは、僕がいたからだと言われました」

 村上さんはそう言って苦笑すると、こう真意を分析する。

「結局、言語の問題だと思うのです。よく論点をはっきりさせるには“5W1H”が大事と言いますが、それは英語の最も得意とするところで、くだらない日常の会話ですら自ずと“5W1H”が含まれ、質問には必ずイエスかノーかで答えないといけない構造になっている。つまり英語は、計画を立てて進めていく処理言語としては最適です。ただ、問題が起きると、どうしても責任追及モードになってしまう。その点、日本語はとても曖昧で、主語を外して話すことも、質問の答えをぼかすこともできる。そんな日本人が英語で質問を受けると、イエスかもしれないけど、ノーかもしれないと“オア”で答えられます。“まあまあ”と、事を荒立てないでいられるわけです。僕は、極地ではそういう日本的な言語体系から生まれてくる発想が人の命を救うのではないかと思っている」

 その仮説を検証するため、村上さんは翌2018年3月、今度は隊長としてMDRS基地での2週間の実験に参加。自らクルーの選考に当たり、日本人6人、インドネシア人1人というアジア人のみのチームを結成した。(つづく)

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