TBSも2時間ドラマを終了、「最近は簡単に犯人が分かる」構造的な理由とは

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現場スタッフが明かす真実

 テレビから2時間ドラマが消える――。TBSの発表に驚いたメディアは少なくなかったようだ。例えば朝日新聞は1月31日(電子版)で「2時間ドラマ枠、キー局の夜から消滅へ TBSが終了」と報じた。

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 2時間ドラマの“最後の砦”だった「月曜名作劇場」(TBS系列:午後8時~午後10時)が3月で終了する。朝日の記事によると、TBSは番組終了の理由を「若年層への波及効果などを検討した結果」と説明したという。要するに若者の支持を得られるドラマではないというわけだ。

 確かに民放各局が2時間ドラマの制作にしのぎを削っていた時代となると、やはり80~90年代だろう。そしてファンは当時から、それなりに高い年齢層だったはずだ。人気シリーズを表にして並べてみると一目瞭然だ。

 先日亡くなった市原悦子さん(1936~2019)の「家政婦は見た!」は、1983年にスタートし2008年に幕を閉じた。その25年間は2時間ドラマの栄枯盛衰を象徴し、お茶の間が変容していった時期と見ることも可能だろう。

 まずはテレビ・映画を担当する記者に、2時間ドラマの歴史を訊いた。

「アメリカで60年代後半から流行した『TVムービー』が原点です。ハリウッドにおける制作費高騰などが原因で、テレビ局と映画会社が提携。アメリカ国内ではテレビ放映し、海外で劇場公開されるという、どちらかと言えば低予算の作品が制作されるようになりました。代表作がスピルバーグ監督の出世作『激突』(71年)です。日本では、まさにこの『激突』を手本の1つとして、テレ朝が77年から『土曜ワイド劇場』をスタートさせました」

 当初は視聴率で苦戦したというが、当時のテレビ界には映画業界から移籍してきた監督や脚本家、スタッフが多かった。彼らにとっては、1時間の連続ドラマより2時間ドラマのほうが、撮影のノウハウを熟知していたと言える。

「80年代で人気はピークに達し、最大で週に8本の2時間ドラマ番組が放送されていたという記録も残っています。90年代に入っても視聴者の支持は変わらず、名取裕子さん(61)や片平なぎささん(59)が“2時間ドラマの女王”と呼ばれたことをご記憶の方も多いでしょう」(同・テレビ・映画担当記者)

 今回、終了が報じられたTBSの「月曜名作劇場」は、前身が89年スタートの「月曜ドラマスペシャル」だ。つまり30年の歴史を持っていたことになる。

「番組では『十津川警部シリーズ』や『浅見光彦シリーズ』が人気を博したほか、『渡る世間は鬼ばかり』のスペシャル版や、宮部みゆきさんのミステリー作品をドラマ化するなど、従来の2時間ドラマの枠にはとらわれない意欲的な作品も放送されました」(同・テレビ・映画担当記者)

 民放キー局の関係者は「2時間ドラマが成功した理由は、視聴者が映画をテレビで観る習慣があったからです」と振り返る。

「例えば、淀川長治さん(1909~1998)の解説で人気だった『日曜洋画劇場』は、66年に毎週土曜のオンエアで放送を開始しています。映画はテレビと並ぶ娯楽の王様であり、当時はレンタルビデオもネット配信もありません。劇場で見逃した新作映画はもちろん、過去の傑作や話題作を名画座の再映で観るような感覚で、ブラウン管で映画を家族全員が楽しむという光景がありました。“2時間で完結する映像作品”に慣れ親しんでいたからこそ、多くの視聴者が2時間ドラマに飛びついたのだと思います」

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