「加藤の乱」山拓が今だから明かせる「大将討ち死に」を止めた男

政治週刊新潮 2019年1月3・10日号掲載

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「大将なんだから!」――。“討ち死に”覚悟で国会に突入せんとする自民党の加藤紘一氏を必死に止める谷垣禎一氏。2000年(平成12年)11月20日に起こった「加藤の乱」といえば、誰もがその場面を思い浮かべるはずだ。実はこのシーンが繰り広げられた後、体を張って加藤氏の国会突入を阻んだ人物がいた。

「平成以降では、あれほどスリリングな政治ドラマはなかなかないんじゃないですか」

 と、山崎拓元自民党幹事長は語る。

 当時の総理は森喜朗氏である。衆院定数480のうち、与党は272。加藤派、山崎派の64人が賛成票を投じれば、内閣不信任案は可決する状況にあった。が、当時、自民党幹事長だった野中広務氏らの切り崩しに遭った加藤派は分裂。不信任案への投票を待たずしてクーデターの失敗が“確定”し、国民の多くはテレビ中継で冒頭の場面を目撃することになった。

 山崎氏が2016年に上梓した『YKK秘録』には、この場面の後、不信任案への賛成票を投じるべく、加藤、山崎両氏がハイヤーに乗って国会議事堂に向かうも引き返す、というエピソードが綴られている。引き返した理由は触れられていないが、山崎氏によると、

「本を出した時、まだ野中さんはご存命だったので書きませんでしたが、あの時引き返したのは、国会議事堂の入口に仁王立ちしていた野中さんに止められたからなのです」

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