「米PGAツアー」検討「大学ゴルファー」中退防止の妙手

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 米ゴルフ界の2018年は、戦線復帰し、復活したタイガー・ウッズ(42)の話題に終始した1年だった。

 いや、この1年のみならず、米ゴルフ界のこの20年超のさまざまな変化の大半は、ウッズの影響によるものだったと言っていい。

 1996年にウッズがプロデビューしてからというもの、米PGAツアーの人気は急激に高まり、賞金額は年々高額化していった。TV中継の放映時間も格段に増え、ツアーの諸々のシステムも様変わりした。

 米PGAツアーという世界一の舞台を目指す若きゴルファーたちの「目指し方」にも、ウッズの影響は色濃く見られる。

 そして今、ウッズ復活優勝が実現された2018年の年の瀬に、米ツアーがさらなる画期的なプランの導入を検討していることが米ゴルフ誌によって明かされ、大きな注目を集めている。

「大学中退」プロ転向が「主流化」

 1990年代のはじめごろ、「プロゴルファーにも大学教育は必要だ」と説いていたのは、名門スタンフォード大学を卒業してプロになったトム・ワトソン(69)だった。4年間のカレッジライフ、カレッジゴルフを経験することは、プロゴルファーになったあかつきに必ずや役立つ。万が一、故障や不調などの理由でプロゴルファーを辞めることになったとき、大学をしっかり卒業していれば、いわゆる「つぶし」も利くのだ、と。

 ウッズがアマチュアにして「マスターズ」や「全米オープン」に挑み始めた1995年ごろ、ワトソンはその持論をスタンフォードの大学生だったウッズへの助言として何度も口にしていた。

 しかし、ウッズは20歳で迎えた1996年の秋、大学生活途上でスタンフォード大学を離れ、プロ転向。それから一気にスターダムを駆け上ったことは、みなさんもご存じの通りである。

 そんなウッズの歩み方がロールモデルとなり、以後、米国の多くの有望な大学生ゴルファーが卒業前に大学を離れ、プロ転向するようになっていった。

「大学生活、大学ゴルフは一度は経験したほうがいいけど、4年間も大学にいたらプロになるのが遅くなる」

 快走するウッズを崇めていた若者たちは、ウッズを真似てウッズに続こうと先を急ぎ、大学は1、2年で中退してプロ転向という道が「主流化」していった。

 近年で言えば、大学1年でプロ転向し、瞬く間にスター選手になり、メジャーチャンピオンになったジョーダン・スピース(25)は、その代表例だ。

巨大ピラミッドのさらなる大型化

 とは言え、大学を早く離れてプロ転向したところで、誰もがすぐさま米ツアー選手になれるわけではもちろんない。

 ウッズやスピースはスポンサー推薦などのチャンスを得て出場した大会でタイムリーに好成績を出し、初優勝を挙げたことで、正式なメンバーシップと向こう2年間のシード権を得た。

 松山英樹(26)も同様のルートで2013年に正式メンバーへ、2014年に初優勝へとトッププレーヤーへの階段を昇っていった。今年4月の「RBCヘリテージ」でいきなり初優勝した小平智(29)も、その時点から米ツアー選手になり、2年間のシード権も手に入れた。

 しかし、彼らが一気に通り抜けたそのルートは、きわめて稀な成功例にすぎず、大半の選手はオーソドックスなルートから米ツアーを目指すしかない。

 その昔、米ツアー選手になるための登竜門は「Qスクール」(予選会)だった。年齢や国籍、実績にかかわらず、このQスクールを突破しさえすれば、いきなり米ツアー出場権が得られた一発勝負は、夢の舞台への最短ルートとされていた。

 そして、米ツアー選手になるためのもう1つのルートは、米ツアーの下部ツアーで一定以上の成績を収め、米ツアー選手へ格上げされるというもの。これはQスクールより時間はかかるが、着実に腕を磨きながら前進できるルートとされていた。

 しかし、米PGAツアーは、2013年にこうしたシステムの大改革を敢行。Qスクールは米ツアーへの登竜門から下部ツアーへの登竜門に変わり、一発勝負で米PGAツアー選手になる夢を見ることは不可能になった。

 以後、米PGAツアー選手になるための道は、ウッズやスピース、松山、小平らのような稀な成功例に加わるか、あるいは下部ツアーに年間を通して出場し、その賞金ランクで上位に入るか。その2つのルートに、ほぼ絞られることになった。

 下部ツアーの「ウェブドットコム・ツアー」で年間の賞金ランク75位までに入ると、米PGAツアーでシード落ちとなった126位から200位までの75名と合わせた合計150名で戦う、シーズンエンドの「ウェブドットコム・ファイナルズ」4試合に出場できる。

 その4試合の累積で上位50位以内に入れば、翌シーズンの米PGAツアー出場権が得られる(注:下部ツアーの賞金ランク上位25名は、あらかじめ米PGAツアー出場権が保証されるため、それ以外の選手はファイナルズでは実質的にはそれら25名を除いた上位25位以内が求められる)。

 この大改革が何を意味していたかと言えば、米PGAツアー選手になるためには、下部ツアーとファイナルズ4試合を経由することが基本形となるよう整備したということ。

 言い換えれば、ほんの一部の成功例を除く大半の選手に下部ツアーを必ず経由させる仕組みを作り上げたことになる。そうやって下部ツアー出場をMUSTに近いものと化したことで、米PGAツアーを筆頭とする巨大なピラミッドがさらに大型化したのである。

「一石四鳥」の可能性

 Qスクールの一発勝負がなくなり、下部ツアーに年間を通して出場する必要性が出たことで、最低でも1年間の下積みを覚悟することになった若者たちの間では、「時間がかかる」という認識が強まっていった。

 それゆえ、4年間も大学生活を味わっている時間的余裕はないという焦りが生まれ、昨今は大学生ゴルファーの大学離れが男女ともに一層加速。それが、大学ゴルフ部のチームとしての活動に悪影響をもたらすケースも増え始めている。

 大学ゴルフのリーグ戦などの真っ最中に部内の主力選手が次々に大学を離れ、プロ転向してしまったら、残された在籍中のチームメイトたちは突如、戦力を失い、途方に暮れてしまう。

 そうした事態を防ぐという目的なのだろう。近い将来、米PGAツアーは米国の大学ゴルフで一定以上の成績を収めた選手に米PGAツアー傘下のツアーへの出場権を与える新システムを導入する計画を進めていることが、今回、米ゴルフ誌によって明かされたのである。

 いきなり最上級の米PGAツアーへの出場権が付与されるかどうかは現状では不明だが、下部ツアーや「PGAツアー・カナダ」、「PGAツアー・ラテン・アメリカ」、「PGAツアー・チャイナ」といった傘下のツアーの出場権を与えるシステムを導入することで、米PGAツアーは学生ゴルファーを大学に4年間留まらせ、早期の大学離れに歯止めをかけようと考えているのではないだろうか。

 そして、もう1つ。米国の大学ゴルフにそうした優遇策をもたらすことで、大学ゴルフをもPGAツアーの組織に組み入れ、ピラミッドをさらに巨大化していくための施策であると言うこともできる。

 かつては、誰もがいきなり挑戦できる一発勝負のQスクールから進むことができた米PGAツアーは、2013年の大改革で下部ツアー経由が実質的にMUSTとなり、そして今後は米国の大学ゴルフ部を経て、世界各地の下部ツアーを経由し、ようやく米PGAツアーへたどり着くという経路が確立されつつある。

 その経路は、整備はされるものの、道程がどんどん長くなっていることも事実。ウッズなどのような稀な成功例に入ることができなければ、米国の大学ゴルフ部で4年間、さらに下部ツアーで数年間、そして米ツアーへ。もちろん、それでも、たどり着ける保証があるわけではない。

 厳しい道ではあるが、未来の米ツアー選手を夢見る日本人や外国人にとっては、米国の大学へゴルフ留学すれば、大学教育と英語力習得と米ツアーへの道のすべてを一気に得られ、一石二鳥ならぬ三鳥、四鳥となる可能性もあるわけで、この新システム、まずは朗報と言えそうだ。

舩越園子
在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。

Foresight 2018年12月11日掲載

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