徴用工から北方領土まで 宣伝下手が日本の敗戦を招く

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口下手な私たち

 徴用工、従軍慰安婦、北方領土、尖閣諸島……戦争に関連した積み残しの課題の共通点は、日本が正しいと考えている主張が相手国のみならず、世界にも発信できていないということだろう。冷静に事実を見れば、日本の主張は決しておかしなものではない。しかし、それがアピールできていないのだ。
 この点を政治家や官僚のだらしなさと捉えることも可能だが、日本人の「口下手」はいまに始まったものではない。
 実のところ、日中戦争においても、国際アピールでの拙劣さが祟ったという面は否めないのだ。波多野澄雄・筑波大学名誉教授ら現代を代表する歴史家の手による『決定版 日中戦争』をもとに、1937年の情報敗戦を見てみよう(以下、引用は同書より)。

 1937年とは第2次上海事変が起きた年である。8月に起きたこの事変は、蒋介石すなわち中国側が主導で導いたものだった。そのため、国際メディアでも、蒋介石の意図や計画性に言及するなど、客観的な報道も見られた。
 たとえば、ニューヨーク・タイムズは、「日本軍は、上海で戦闘が繰り返されることを欲しておらず、我慢と忍耐を示しながら、事態の悪化を避けるために、なし得べきすべてのことを行った」と報じ、中国側が衝突を招こうとしている、と報じている。
 同紙の特派員は、後年になっても日本軍が上海を攻撃しようとしたのではなく、蒋介石が主導で事変が起きた、と振り返っている。
 しかし、こういった論調も、徐々に変化していき、日本に対して厳しいものが散見されるようになっていった。きっかけの一つは、日本海軍航空部隊による渡洋爆撃だ。
 特に都市部への爆撃は、軍事的には成果があったものの、国際連盟総会で非難決議が全会一致で採択されるなど、日本への風向きを変える一因となったのだ。

中国軍の殺人も日本のせい

 さらに日本にとって痛かったのが、現地から発信される報道写真、ニュース映画などで民間人殺害の惨状が伝えられたことだった。もちろん、それが日本軍によるものであれば、日本が非難されるのは理にかなっている。
 しかし、実際にはそうではなかった。

「報道の中には、中国側の宣伝による誇張や捏造も散見された。例えば、旗艦『出雲』爆撃の際のキャセイ・ホテルやフランス租界に対する中国軍の誤爆が、日本軍によるものとされたケースなどがあった」

 これは日本側の勝手な言い分ではない。ニューヨーク・タイムズの特派員はこう記録している。

「日本人に対して公平に評すれば、3カ月間の国際居留地区とフランス租界に対する爆撃は、すべて疑いもなく中国軍のパニックと未熟さが責を負っていると言わねばならない」

 要するに、中国軍が自国民を殺害した分まで、日本のせいにしていた、というのである。

宣伝下手は名誉か

 こうした誇張や捏造に、外務省も抗議はしたものの無力だった。
 アメリカにおいては、雑誌「ライフ」に掲載された一枚の写真が、反日の機運を高めるのに決定的な役割を果たす。1937年10月4日号に掲載されたのは、日本軍によって空襲された上海近郊と思われる駅で一人泣き叫んでいる赤ん坊を写したものだ。インパクトの強い写真は、読者の感情を揺さぶるのに十分だった。
 そしてこの雑誌の創始者、ヘンリー・ルースは明らかに蒋介石の側に立っていた。彼が経営するもう一つの雑誌「タイム」では、日本の軍国主義と戦う、民主主義のシンボルとして蒋介石が強調された。
 1938年1月3日号の表紙は蒋介石夫妻。「1937年の最も優れた人物」としての登場だ。

「以後、表紙に4回以上登場している。そのカバー記事では、『蒋介石がより進歩的な世界を作るために中国人を団結させる卓越した指導力……疑いもなく彼は20世紀のアジアにおいて最も偉大な人物になるだろう』と紹介されていた」

 夫人の存在も、PRには役立ったようだ。流暢に英語を話す宋美齢は、「支那事変における対米宣伝のヒット作」とまで評される存在となっていた。
 実は件の赤ん坊の写真は「ヤラセ」だったのではないか、という見方もある。日本側も外務省を中心に、世論に訴える作戦を展開しようともした。しかし、いずれも不発に終わってしまう。
 中国側の宣伝の方針は明確だった。当時、中国政府に対する顧問団の一員として情報を担当していたセオドア・H・ホワイトは、以下のように振り返っている。

「アメリカ言論界に対して嘘をつくこと、騙すこと、中国と合衆国は共に日本に対抗していくのだということをアメリカに納得させるためなら、どんなことをしてもいい、それは必要なことだと考えられていた」

 これに対して、日本人は事を大きく言ったりすることを好まなかった。嘘をつくなんてもってのほかだ。
 石原莞爾に至っては「宣伝下手は寧ろ日本人の名誉」とまで述べていたのだ。これで国際世論を味方につけるのは到底無理な話だろう。
 情報戦で完敗した日本は、世界を味方につけることができず孤立化を深めていく。その帰着点は言うまでもないだろう。
 この時の反省が、政治家や官僚にあるだろうか。

デイリー新潮編集部

2018年11月27日掲載

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