慰安婦、南京事件……「歴史問題」はなぜ水掛け論になるのか 歴史論議の作法

国際2017年9月20日掲載

水掛け論の根本に何があるか

 いわゆる「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」といった事象は、いまだに日韓、あるいは日中の間で歴史問題となっている。それぞれの出来事についての、基本的な事実すら共有できていないというのが現状である。「慰安婦」が存在したことや、南京で市民が殺された、といったところまでは互いに認めていても、人数その他で両国の主張は異なることが多い。

 わずか70年ほど前のことで、なぜこんなに認識が異なるのか。

 そもそも水掛け論はいつまで続くのか。

 人数云々以前に、こうした疑問を抱く人も少なからずいるのではないか。

 こうした「そもそも」の疑問について、有馬哲夫早大教授は、新著『こうして歴史問題は捏造される』で、歴史論議の「基本」を解説している。有馬氏は公文書研究の第一人者で、これまでに世界各国の公文書をもとに様々な新事実を発掘してきた。

 以下、同書より抜粋、引用しながら、なぜ「歴史問題」が終結しないのかの根本を見てみよう。(第1章「歴史論議とは反証可能でなければならない」より)

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大切なのは反証可能なこと

 歴史論争をするとき、なぜそれはただの言い合いや水掛け論になってしまうのでしょうか。とくに日本と韓国や中国が歴史問題を議論するときは、互いに根拠をあげて議論するのに結論には一向にたどりつけません。どこまでいっても平行線です。歴史的事実は一つなのですから、議論すればするほど、互いの認識は近くなるはずですが、そうはなりません。

 それは歴史(および人文科学)の論議は、反証可能でなければならないという原則を中国と韓国が無視するからです。実は彼らは反証可能な根拠に基づいて歴史論議をしていないのです。

 反証可能とはオーストリア出身でイギリスの大学で教鞭をとったカール・ポパーが提唱した概念です。彼の説明を使うと「白鳥はみな白い」というためには「黒い白鳥はいない」ということを証明しなければなりません。しかし、実際には黒い白鳥はいます。したがって「白鳥はみな白い」とはいえません。

 ところが、黒い白鳥は数が少ないので、見たことがない人は、自分の経験上「白鳥はみな白い」と思うでしょう。思う分にはかまわないのですが、その思い込みを他人に語って、誤った知識を与えると問題です。そうならないよう、白鳥の色について自説を語りたい人は、生息地を回って、反証がないか確認する必要があります。この場合の反証とは「黒い白鳥がいる」ということです。

 このように反証がないかどうかを検討することができることを、「反証可能性がある」といいます。そして言説や仮説には、反証可能性がなければならないというのが、歴史やその他の学問においては大前提です。

 ここで混同されないように断わっておくと、「反証可能性がある」ということと「反証がある」というのは別のことです。反証可能性を検討したうえで「反証はない」または「反証はないと現時点では考えておいてよい」となれば、その学説や仮説はその時点では「正しい」と認められることになります。ただし、あとで反証があがってくれば、「誤りだ」ということになります。

 また、反証があるかどうか、検討できないということは、正しいか、間違っているか判断できないということです。学問では、正しいかどうか判断できないことは、正しいとはみなしません。何も証明できない、つまり、証明能力がないということになります。

守護霊をなぜ否定できないか

 では、反証可能性のない言説とはどのようなものでしょうか。

 たとえば、「○○氏は仏陀の生まれ変わりだ」「○○氏に首相の守護霊が降りてきて、メッセージを伝えた」という説を主張する人がいたとします。このような説に反証可能性はあるでしょうか。荒唐無稽な説ですが、我慢してよく考えてみて、反証を見つけるのは不可能だという結論がでます。つまり「仏陀の生まれ変わりではない」「守護霊なんか降りてこない」という「証拠」はいかなるものか、と考えてみても、そのようなものは存在しないというしかありません。従ってこのような説は学問ではなく、信仰の部類に入るわけです。

 とくに人文学は、理科系の学問とちがって、明確な結果や数値はでません。勝手な理屈をこねて、反証を無視して言い張れば、なんでもいえるということになります。しかし、その主張は、現実とは無関係なので、現実と噛みあわず、認識を誤らせるだけの有害なものになります。ですから、そうならないよう、人文科学者は、反証を無視せず、反証可能性を持った根拠に基づいて論議しなければなりません。

 反証可能な歴史の論議に必要なのは反証可能性を持った資料です。反証可能性を持たない資料に証明能力はありません。それらを検証し、その主張に対して裏付けとなっているとも反証になっているとも判断できないからです。もはや反証はあげられないと断定できないうちは、つまり「黒い白鳥はいる」ということをその時点で十分に否定できないうちは、すべての歴史論議は仮説に留まり、証明はされていないことになるのです。

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 こうした解説を聞いてなお、「いや、慰安婦は本人の証言がある」「南京事件も実行者の記録がある」といった主張をする人もいるだろう。いわゆる「第一次資料」があるのだ、という見方である。有馬氏は、歴史研究における反証可能な資料は第一次資料だ、としながらも、その取扱いには注意が必要だ、と指摘している。

「関係者本人の証言記録」や「本人の手記」といった、いわゆる「第一次資料」は「新発見!」といったセンセーショナルな謳い文句とともに紹介されることが多い。しかし、当然のことながら、「第一次資料」だからといってすべて信用していいわけではない。

「私は従軍慰安婦を強制連行した」という「証言」「手記」が大嘘だったことはすでに明らかになっている。

 では、学問的に信用できる資料とはいかなるものか。再び『こうして歴史問題は捏造される』の解説に戻ろう(以下、同書より抜粋、引用)。

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「本人が言っている」の問題点は

 第一次資料ならば、みな反証可能で、信用できるのでしょうか。実はそうではありません。ここは注意していただきたいところです。むしろ、信用できるという思い込みがあるところに大きな問題があります。そこに中韓のプロパガンダや捏造ジャーナリストがつけ込むからです。

 第一次資料の反証可能性は二つの要素から成り立っています。

 第一は、誰でも読むことができて、その資料に基づいて誰かが主張したときに、その通りかどうかたしかめることができることです。その資料が公開されていなかったり、所有者に独占使用されたりしている場合は、「私の手元には秘密の資料があって自分の主張はそれに基づいている」といえばなんでもいい放題になってしまいます。本当にそのような資料が存在するのか、そして、そのようなことを証明するものなのか他の人は判断できません。したがって「反証不可能」です。「反証不可能」というのは「反証が存在していない」という意味ではなく、「反証があるかどうかの検討が不可能」ということです。

 第二の反証可能性とは、文書が互いに相互補完的な形で残っているかということです。たとえばですが「南京事件」で現地司令官による「中国人を30万人処刑せよ」という命令書がでてきたとしましょう。

 一部の学者やジャーナリストは、これだけで「決定的証拠だ」と主張しますが、学問的にはそういう評価は下されません。決定的証拠となるかどうかは、反証可能性を持つ相互補完的な関連文書群があるかどうかで決まります。

 このケースでいえば、30万人もの処刑を命じたのならば、数万から数千の将兵が関わったでしょうから、命令書も相当数でてこなければなりません。もしもその1枚しかでてこないとすれば、偽造を疑う必要がでてきます。

 また、極めて大規模で重要な作戦ですので、その主旨の説明や実施のための指示書を伴うはずです。これらも1種類のものが1枚しかでてこないとすれば、ここでも偽造を疑う必要があります。内容の違うものが複数でてきて、それに合理的な説明がつかない場合は、やはりどれかが偽造だということになります。

 さらに、多くの兵士が関わったのであれば、誰かがそのことをメモや日記などの記録に残しているはずです。記録が複数あれば、比較対照できます。これらを比較してみて、内容に大きな違いがあれば、誰かが何らかの理由で嘘をついていることなります。

 命令書があるのに、実施報告書がでてこなければ、命令したが実行されなかったことを疑う必要があります。

 つまり、資料群は、それぞれ補完しあうと同時に反証にもなりうるのです。そして、そのような形で残っていなければ証明能力があるとはいえないのです。

資料群は補完的でなければならない

 資料群でなくとも単一の資料でも十分反証可能性があり、証明能力があると考える人がいるかもしれませんが、それはまずあり得ないといえます。つまり、「30万人を処刑せよ」という命令書などが1枚だけでてきた場合、どうやってそれが本物だと判断できるかということです。やはり、内容、書式、字体、文体、文書番号、日付、紙の劣化状態などを他の複数の命令書や指示書と比較しないと本物だと断定できません。また、このような情報に基づいて反証をあげることもできません。補完関係にあるということは、こういったことも意味します。

 日記やメモの場合でも、他のものと補完関係になければ、証明能力がないといえます。1週間や1カ月はもちろん、1年間だけ書かれた日記というものもあまり信用できません。比較や参照が困難だからです。数年つけてあるものでも、部分的に内容に具体性がなかったり、矛盾があったりする場合は、その部分は信用できないといえます。
 
 メモなどの場合は、もともと情報量が少ないので、他の文書や記録と補完関係にあることがはっきりしない限り証明能力はありません。反証可能性もないからです。

 資料群が補完的であるということは重要です。それは資料の反証可能性と信憑性を高めるとともに、失われたり、破棄されたりした文書の存在をも教えてくれます。

完全な隠蔽は難しい

 よく、自分たちに都合が悪いと考えた文書は、日本軍の幹部が破棄してしまった、あるいは終戦時に焼却されてしまったので、日本軍の悪行を証明する資料は現在残っていないという主張を聞きますが、防衛研究所やアメリカ第二公文書館へいって文書を読めば考えが変わると思います。

「極秘」の判のある文書はもちろんのこと、「読み次第焼却」とか「撤退時に破棄」などと書かれた暗号表や通信コードや軍の施設の図面まで大量に残っているからです。

 なぜこういうことが起こるのか、親しくなったアメリカの公文書館のアーキヴィスト(資料編纂などを行う専門家)にきいてみたことがあります。彼は、ばつが悪そうに「こういった文書は戦死した兵士のポケットや遺留品のなかからでてくるんだよ」と答えました。防衛研究所の場合も、新たに加わった資料は、日本軍関係者が亡くなって遺品を整理しているうちに出てきたので、寄贈したということだと思います。証拠隠滅というのは、きわめて難しいのです。

 たとえば、よく問題とされる「南京事件」に関しても、驚くほど多くのものが防衛研究所などに残っています。それに日本側だけでなく、当時南京にいたキリスト教宣教師(ドイツ人、アメリカ人、イギリス人)たちの日記やフィルムもあります。これらの多くは今では世界記憶遺産に登録されています。

 このような資料は、比較的小規模な便衣兵(便衣を着て民間人になりすました兵士)の処刑や女性へのレイプや市民の殺害があったことを相互補完的に証明しています。

 日本側に関していえば、もし日本軍の幹部が組織的に関与して証拠隠滅をはかったのなら(組織的でなければ隠蔽は不完全になり、露見してしまいます)、補完関係にあったものをすべて処分しなければなりませんから、これほど多くの日本側にとって都合が悪い資料は残らなかったでしょう。あるいは、残った資料から何か大きな欠如や空白があることがわかって、むしろ隠蔽の事実が明らかになってしまったはずです。

 しかし、現在残っているこの事件に関連する資料からは、部隊単位ならともかく、軍単位で組織的に証拠を隠滅した形跡はうかがえません。部隊単位では数十万人の殺害はできないことは明らかです。小規模の処刑、レイプ、虐殺があったことを示す雑多な相互補完的な資料が多く残っていることが、組織的証拠隠滅があったという根拠のない推測に対する反証になっているのです。 

安易な「新発見」には要注意

 よく本やテレビ番組の売り込み文句として「発見された第一次資料に基づくドキュメンタリー」とか「第一次資料をふんだんに用いた話題作」とか目にします。いかにも自分が書いたり、制作したりしたものが信用できるといわんばかりです。第一次資料を使用していても、それが前述の反証可能性を持っていないならば、そして反証を無視し、反証可能な歴史論議をしないならば、でっち上げをすることができます。

 とくに歴史を捏造する人ほど、カテゴリーとしては第一次資料にあたる、個人的記録や証言を使っていることをアピールします。これを前面に打ち出してきたときはまず捏造を疑うべきです。 

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 同書の中で、有馬氏は、欧米のテレビ番組では歴史研究の博士号を持っているスタッフが制作することが多いが、彼らは新事実や新資料の発見ではなく、研究者の発見などを紹介し、また研究者の助言を得ながら番組を作ることが多いため、捏造の生まれる構造がない、とも指摘している。日本のメディア関係者は耳を傾けるべき指摘だろう。

デイリー新潮編集部