NOと言えない新垣結衣が喰われまくる! 獣になれない人が余計に辛くなる「けもなれ」

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「好きでもない男から言い寄られて困っている」という相談をしてくる女を信用していない。「好きな男が煮え切らなくて、困っている」という相談をしてくる女も8割が面倒臭い。相手を傷つけたくない、相手に嫌われたくない。要するに自分が悪者になりたくない。「知らんがな」案件である。

 タイトルを見たとき、「ああ、この手の面倒くさい女が出てきて愚痴たれるんだな」と思った。いろいろな意味で獣と呼ばれてきた私としては1ミリも共感できないだろうと思った。好みではないと踏んでいたが、予想以上に楽しんでいるのが「獣になれない私たち」だ。

 たぶん「獣」というのは、仕事でも恋愛でも他人の気持ちや背景を配慮せず、無神経にズカズカと我が道を歩ける人のことである。このドラマでは、主人公の新垣結衣とその恋人の田中圭以外は、ほぼ全員が獣と思われる。渡る世間は獣ばかりで、獣にフレンドリーだ。

 例えば新垣の会社の人々。人権侵害レベルで新垣の生活を脅かす社長の山内圭哉。逃げ上手・甘え上手、全力で仕事をしない伊藤沙莉。全方位に弱音を吐いて懐いてくる犬飼貴丈。猛獣に小動物、種類は違えど全員獣。

 獣たちはNOと言えない新垣に寄ってたかって仕事を任せる。日々是疲弊の新垣は、線路に飛び込んでしまいそうなくらい病みかけているのに、NOと言えない。革ジャンやスタッズがついた強気で攻めの服を着て、業務内容改善要求を申し入れても、結局は丸め込まれる。自己評価、低すぎ。

 新垣と4年付き合っている田中は田中で、別れたにもかかわらず家に居座る元彼女の黒木華を追い出せずにいた。黒木は出ていかない、働かない。根っこに女の意地があるにせよ、なかなかの強靭なメンタル。嫌われようが疎まれようが、梃子(てこ)でも動かない正真正銘の獣である。NOと言えない新垣と田中には、さらなる試練が襲いかかる。

 新垣の行きつけは、蘊蓄たれが集まって居心地悪そうなクラフトビールバー。性格も口も悪くて、セックスの最中に寝る男・松田龍平も常連だ。いろいろと抱えているようだが、彼も獣。また、デザイナーの菊地凛子も獣そのもの。新垣の恋人と知りながら、いい体の田中に手を出すビッチだ。しかも「たいしたことない」と低評価までつけて新垣に知らせてしまう、罪悪感フリーな獣。獣まみれはサファリパーク級だよ。

 獣になれない人は「バカになれたら楽なのに」と獣を小馬鹿にするが、獣から言わせれば「怒りも悲しみもためこんで、八方美人で波風立てず現状打破しないほうがよっぽどバカなのでは?」と思ってしまう構図。

 つまりこのドラマは獣になれない人が余計につらくなる「妥協&迎合&我慢で平和維持案」に見えちゃう。

 気遣いが罪になるときもあれば、優しさが正しくないこともある。人としての正しさが相手の傷を深くすることもある。でも、獣になろうと励ますわけでもなく、獣に反省を促すわけでもない。獣になれない人には救いがない内容かもしれない。獣の私は好物だけど。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2018年11月22日号掲載

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