スマホ時代で「プリクラ」の落日、シール機大手が倒産、残る1社の生き残り戦略

エンタメ 2018年11月4日掲載

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プリクラ業界の栄枯盛衰

 一般社団法人日本アミューズメント産業協会の集計によると、プリントシール機による年間の売上高と、全国の設置台数の推移は以下の通りだ。

   年間売上高(単位:百万円)  設置台数(単位:台)

96年    60,351         35,436
97年    101,330         50,228
98年    41,793         46,768
99年    39,543         39,770
00年    51,050         41,814

01年    56,444         35,971
02年    60,537         36,546
03年    58,541         29,400
04年    53,442         27,400
05年    42,229         20,572

06年    34,293         20,031
07年    30,701         19,760
08年    25,405         18,509
09年    23,804         15,530
10年    24,676         15,053

11年    32,491         16,503
12年    26,641         12,711
13年    26,684         13,050
14年    22,745         12,062
15年    22,480         11,549
16年    22,594         11,059

 誕生から2年後の97年には、市場規模は早くも1000億円に達している。しかし、その翌年(98年)には、設置台数が約3500台減っただけにもかかわらず、市場規模は半分以下の417億円にまで落ち込み、さらに99年には400億円も割った。

「2000年代となって競われたのが、写真の綺麗さでした。日立ソフトウェアエンジニアリングの“美写シリーズ”、ナムコの“花鳥風月”などの機種です。特にナムコは顔認識機能を用いて、デジタル処理によって目をハッキリと写し出すことに成功しました。また合成技術により、空を飛んでいるように見せるシールも製作できるようにもなりました」(日本アミューズメント産業協会)

 ゲームセンターがコスプレ衣装を貸し出し、それで撮影する“コスプリ”なども現れ、02年には市場は600億円を超えるまでに回復する。が、ここまでが隆盛期といっていい。

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