【五木寛之×中瀬ゆかり対談】人生のピンチからの生還法

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50から100歳の間

中瀬 繰り返すと、周りから「その話、もう聞いた」ってならないでしょうか。

五木 話も1回ずつ少しずつ違ってきますから。さっきサンフランシスコって言いましたけど、その年代にアメリカで何があったのか、アジアはどうだったか、頭の中で立体的に思い出がはまってくる。アルツハイマーは予防方法がないけど、回想療法は有効だと言われています。その人の一生、30歳なら30年間を掘り起こせば、様々なことがあって励まされた思い出があるでしょ。それを掘り起こして咀嚼して人に話す。そこにうつ状態から抜け出す糸口があると思っています。ばかばかしい話でも、人間存在の温かさが浮かんでくるんですね。僕は「後進する」って言っていますが、人生の後半戦は、自分の歩みを絵解きすることが大切かもしれない。

中瀬 ついつい胸を張って、前へ向かって歩かなきゃと思ってしまうけど、後ろを向いてもいいんですね。

五木 山のようにある自分の記憶を思い出すことで、充実した日々が与えられていることに気づくこともある。「後ろ向きのプラス思考」とでも言いましょうか。「前向き、前向き」というのは戦後50年の合言葉でしたから。

中瀬 そこで大事になってくるのは、「心の相続」だと。

五木 巷で相続といえば土地とか株ですが、実は気づかないところで親から受け継いでいるものが、遺伝子以外でたくさんありますね。それを出来るだけ相続した方がいい。僕の母は44歳で死にましたが、なぜ師範学校へ行って女教師になったのか、どうして父と知り合ったのかなど、僕は何も聞いていないんですよ。相続しなかったものの大きさに愕然としています。両親がいる方は根掘り葉掘り話を聞く。嫌がって話をしない方もいると思うけど、しつこく聞くといい。どんどん糸口が解けたように話が出てくるから。お子さんがいれば、小学生時代の思い出とか、こんな歌が好きだったとか、どうでもいいことも含めた“生前相続”を勧めますね。

中瀬 自分の親の話って照れくさいのもあるけど、聞かないですよね。でも、亡くなってしまえば「心の相続」が出来ないままになる。

五木 そう考えると、50から100歳の間も、なかなか味のある時間だなと思いますよ。若い頃は不摂生だったし40くらいで死ぬんじゃないかと思っていた。でも、なんとなく今日までこうして生きてきて、出来れば他人の迷惑にならないところまでは生きたい。自分で噛んで物を食べられる、自分の足でトイレに行けるまでね。だから暗く深刻に考えるんじゃなくて、きんさんぎんさんっていたでしょう。老いドルが(笑)。あの人たちのユーモアがすごくいい。「再婚する気持ちはありますか?」と聞いたら「まだある」と。「どんな人がいいですか」って尋ねると、「そりゃ年上がええわ」って。その明るさを源に100歳以上も生きたわけで。そんな冗談を言いながら、生きられればいいですよね。

週刊新潮 2018年10月18日号掲載

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