「鉄の女」はファザコンだった!? 英国初の女性首相サッチャーを鍛えたスパルタ父親

国際 2018年10月13日掲載

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 93年前の今日、1925年10月13日に、イギリス初の女性首相となるマーガレット・サッチャーは生まれた。1979年に首相に就任すると、1990年まで11年間もの長期政権を築いた立志伝中の人物だ。

 その強硬な政治姿勢で、ソ連国防省の機関紙から、「鉄の女」という異名を付けられた彼女は、じつは厳格な父親にスパルタ教育を施された優等生で、強いファーザー・コンプレックスの持ち主だった。

 冨田浩司さんの新刊『マーガレット・サッチャー:政治を変えた「鉄の女」』(新潮選書)には、サッチャーの生い立ちからから名門オックスフォード大学への進学、そして政治家となり権力の頂点に昇り詰める過程が詳しく描かれている。

 以下、サッチャーのファザコンぶりを、同書から抜粋して見てみよう。

父親はやり手の食料品店経営者

「私は、実用的で、真剣で、熱烈に宗教的な家庭に生まれた」

 サッチャーは回想録の中でグランサムでの生い立ちを振り返りこう記した。この一文は彼女が育った家庭環境を簡潔に要約している。

 アルフ・ロバーツはリンカンシャー州の隣、ノーサンプトンシャー州で代々靴づくりを営む家に生まれたが、小学校を出ると貧しさに追われるように家を出る。そしていくつかの職を転々とした後、第1次大戦前夜、グランサムに移り住み、食料品店の経営を始めた。数年後教会の活動を通じて知り合ったベアトリスと結婚、1921年に長女のミュリエルが生まれている。次女のマーガレットが生まれた1925年には店舗を拡大し、その後地元の名士としての地位を確立していく。

 職住一体の生活環境――サッチャーの表現を借りれば、「店の上の暮らし(life over the shop)」――は誰もが常に何かの仕事をしている、慌ただしさに満ちていた。サッチャーも物心がついた頃から、大きな袋で店に届いた紅茶や砂糖を秤で測って小分けするなど、店の手伝いに追われる。こうした暮しぶりは、勤勉、倹約など、サッチャーが後年強調する価値観を体現したものと言える。しかし、彼女の政治信念の土台となる倫理的羅針盤を形作ったのは、何と言っても信仰との出会いである。

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