あまり「AI危機」に慌てなさんな(中川淳一郎)

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「AIによりいらなくなる職業」や、「AIに使われる人間にならないためにはどうすべきか」みたいな話題をよく目にしますね。「AIに取って代わられない職種ランキング」みたいなものもあり、自分の仕事がそこに入っていたら安堵する。

 でもね、あんまりこうした言説にビビらないでもいいんじゃないですか? 我々はインターネットの誕生と普及という人類史上稀有な時代を過ごし、ネットによって取って代わられた職業なんていくらでもあるにもかかわらず、なんとか新しい仕事を生み出してきたわけじゃないですか。

 それこそ2000年代前半まで東京の出版・広告業に従事する人々はバイク便を使いまくっていました。重いデータの入ったMOやDVD-Rをバイク便でデザイン事務所や印刷所に送ったりしていたものです。

 ところが今は「宅ふぁいる便」や「ギガファイル便」などの大容量ファイル転送サービスやオンラインストレージサービスを使えば大容量の動画データさえやり取りできるようになった。バイク便業界にとっては痛手かもしれませんが、データのやり取りがスムーズになったことでどれだけの無駄を省き時間の有効活用に繋がったことか。

 ある仕事がなくなったと嘆くより、世の進化を喜ぶ方がいいのです。かつて、オフィスにはカーボン紙でコピーをする人がいましたが、コピー機の普及によりこの仕事はなくなりました。企画書をマッキントッシュのPCで清書するための「Mac屋さん」という人々もいたようですが、1990年代後半から各自にPCが支給され、「パワーポイント」が使えるようになったことからMac屋さんもいなくなりました。

 百貨店にはエレベーターガールがいましたが、よくよく考えれば「5階、紳士服売り場です」なんて言う人はいなくてもいいし、エレベーターなんて他人様に開閉してもらうほどのものではない。

 新幹線にはかつて「食堂車」がありましたが、今では豪華列車「ななつ星in九州」などで見られる他は滅多にありません。東海道新幹線なんて16両もあるだけに、両端から歩いて向かったら何分かかるか分かりませんし、何しろ高速ですから食事の途中で目的地に着いてしまうかもしれない。その代わり、新幹線の駅で販売されている弁当は本当に充実していますし、ワゴン販売も豊富な品揃えで便利です。食堂車の料理人と給仕人の人件費を払うよりも弁当を納入してもらう方が合理的なのでしょう。

 こうした「○○の仕事は終わりだ」的言説は我々編集業界でもよく言われます。現在ホットなのは、「紙メディアの仕事はもう終わる」で、続々とウェブメディアに新聞社や出版社から人材が流出しています。ただ、無駄な焦りと感じることもあるんですよね……。会社が潰れるまでいてもいいじゃん、と思うのです。

 あと、世の中、案外保守的ですよ。子供の頃、21世紀がきたら相撲も演歌も廃れると思っていましたが、相撲はあれだけ不祥事があっても連日満員御礼だし、氷川きよしとか山内惠介みたいな若手演歌歌手がイケメンだとキャーキャー言われている。まっ、あまり慌てなさんな、とAI危機騒動に対しては思うことしきりです。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんしゅうきつこ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2018年9月27日号掲載

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