“怒り”のエネルギーが強すぎてアテられる「高嶺の花」(TVふうーん録)

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 セレブで高飛車な女と、心優しい貧乏人の格差恋愛をほんわり描くと思っていたら、マグマ溜まりのような「怒り」と予測不能なカオスが襲い掛かってきた。「高嶺の花」である。

 今期のドラマの中で最も落ち着いていられない。面白いとか、興味深いとか、好みだとか、そういう話じゃない。おちおち欠伸(あくび)もしていられない急展開の連続。

 のっけからヒロインが警官に連行される。つきまとい禁止令が出されているから。え、主役がストーカー? 婚約者に裏切られて自律神経失調による味覚障害? 下町のスナックで飲んだくれて泥酔し、自転車屋に1泊お泊り? でも名家に生まれた深窓の令嬢で、家元候補の天才華道家? 主人公なのに知らされていない事実がてんこ盛りで、痛々しい。怒りのエネルギー値がハンパなく高く、品格家柄そっちのけの罵詈雑言(ばりぞうごん)。そんな役を石原さとみが楽しそうに演じている。組織票も女性票もいらねぇ! という意気込みすら感じる。

 恋のお相手は、夏に不向きな峯田和伸。「奇跡の人」というドラマで無軌道な暑苦しい男を演じ、朝ドラ「ひよっこ」のビートルズ狂のおじさん役で人気者に。口元が、南米の高地で草食む系。もごもごと動かすマズル部分で感情を表現できる、稀有(けう)な役者だ。私の周囲の女性は「キツイ。夏は爽やかなイケメンが観たい」と拒む。気持ちはわかるが、美男美女しかいないドラマほど軽薄なものはない。しかも峯田は人生を諦めた人の「達観」がある。

 母(恋愛訓を垂れる十朱幸代)の介護に追われた独身39歳。しがない自転車屋を営むも、将棋ゲームは勝率100%、実は頭脳明晰。同級生からは嘲笑されながらも、絶大な信頼を得ている。近所の引きこもり男子中学生の閉ざされた心を開ける唯一の救世主でもある。

 このふたりの恋愛を描くのだが、登場人物の渦巻く感情が激しいのなんのって。基本、怒りと憎しみなのだ。

 石原の異母妹・芳根京子は、天才の姉と比較されてきた怒りを内包。父・小日向文世も、家族や運転手(石原の実父・升毅(ますたけし))を怒りと策略でねじ伏せる。傲慢な夫に怒り、新興流派の華道家(策士・千葉雄大)にまんまと溺れる戸田菜穂。怒りの一家だ。

 石原の元婚約者・三浦貴大も、小日向に策略をもって結婚を阻まれたと知り、怒りのあまり暴挙に出た。引きこもり中学生の舘秀々輝(たてひびき)も、家庭内暴力を振るい、怒りのマグマを抱えたままなぜか日本一周のチャリ旅へ。峯田の同級生で肉屋の吉田ウーロン太は、5年間妻(奥田恵梨華)と口をきいてもらえず。夫と一切話さず毎日コロッケを揚げ続ける女。その根には怒りがあるに違いない。一筋縄ではいかない、怒りを抱えた人ばかりで、どっと疲れる。怒りは観る人を消耗させる。

 でも、その行く末を見届けたいと思わせる仕掛けもあるし、突如突拍子もない予測不能な事件が毎回執拗に勃発する。お決まりの予定調和に飽き飽きする昨今のドラマとは真逆の構図。怒りと不穏のカオスに惹きつけられ、目が乾き気味だ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2018年8月30日号掲載

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