「全米プロ」直前! 米ツアー大揺れ「グリーン“アンチョコ”ブック」禁止騒動

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「グリーンブックを禁止する」――そんな提言が7月末にUSGA(全米ゴルフ協会)とR&A(ロイヤル&エンシェント・ゴルフ・クラブ・オブ・セント・アンドリュース)から連名で発表され、今、プロゴルフ界が密かに大揺れしている。

「大揺れ」なのに「密かに」とは一体どういう意味かと言えば、昨今のツアープロたちにとってグリーンブックはライフセーバーのような存在で、それが禁止になるのは大事件。だから「大揺れ」なのだ。

 だが、グリーンブックはグリーンを読む際のアンチョコみたいな存在ゆえ、それが禁止になることを大っぴらに「とんでもない!」と反論するのは「一流のプロフェッショナルとして、あまりよろしくないかも?」ということなのか、選手もキャディも口をつぐみがちである。だから「密かに」動揺しているというわけだ。

 しかし、ここまで読んで、「そもそもグリーンブックって何?」と首を傾げている方々のほうが、きっと多いことだろう。それもそのはず。グリーンブックの存在は、日本ではほとんど知られていないからだ。

肉眼以上のハイレベル

 米ツアーの選手やキャディがグリーンを狙ってショットを打つ際、あるいはグリーンオンした後にパッテイングする前、コースの形状や距離などを細かく表記してある「ヤーデージブック」を広げて見入っている姿をテレビ中継などで見かけたことはあると思う。

 だが、よく見ると、彼らの多くはヤーデージブックとは別にもう1冊、よく似たブックを広げている。あるいは、ブックではなく1枚の紙を折り畳んで持っている場合もある。

 そこには18ホールすべてのグリーンの傾斜が詳細に示されている。そう、それは肉眼では見分けにくいグリーンの微細なアンジュレーション(起伏)を事細かに記してある「アンチョコ」とでも言えるもので、米ツアーには現在、2つの会社による2種類のアンチョコがある。1つはブック状、もう1つは1枚の紙だ。

 ブック状の場合は、見開きの片側のページにグリーンの細かな傾斜が矢印で示され、逆側のページには傾斜の度合いが数字(%)で、豆粒みたいに小さくぎっしり記されている。

 矢印と数字はどちらも3色で色分けされており、赤は強い傾斜、青は中ぐらい、緑は軽い傾斜を示している。

 1枚の紙状になったものは、試合の4日間、その日その日のピン位置を含めた18個のグリーンが示されており、1つのグリーンの中に矢印と数字(%)の両方が隙間なく書き込まれている。

 不慣れな者が見たところで、ほとんど意味不明で読解はおそらく困難。だが、このグリーンブックに慣れているツアープロやキャディにとっては、人間の五感ではわからないほどのわずかな傾斜まで正確に示してくれているこのグリーンブックは、ラインを読む際、何よりも頼りになるアンチョコになっている。

 米ツアーでは、「マスターズ」を除く全大会の会場で、このグリーンブックがやっぱり「密かに」売られている。選手やキャディの大半は、会場入りすると、まずこのグリーンブックを入手するという。

 1部100ドル前後と案外高いのだが、この1冊があることで成績も獲得賞金もアップする可能性が高まると考えれば、この100ドルは格安であろう。

 それでは一体、誰がこのグリーンブックを作って売っているのか。アンチョコゆえに米PGAツアーやUSGAが作成したり、販売したりするはずはない。よって正式な記録は何もないのだが、関係者の話を総合すると、現在は「ツアー・シャーパ」と「ストラッカライン」という2つの会社が作っている。どちらも10年ほど前から作成と販売を手掛けてきたそうだ。

 手法はどちらもほぼ同じ。一種のレーザー測定器だが、やや特殊なマシーンを使ってグリーンの傾斜をあらゆるアングルから計測し、その数値とそれを矢印化したものを紙の上に刻んでいく。かなりの時間と労力と経費、そして高度な技術が求められる作業だそうで、「選手やキャディが手足や肉眼で掴み取れるレベルをはるかに上回る」と誰もが口を揃える。

 それほど優れたアンチョコなのだ。

ゴルフ本来の姿

 ストラッカライン社のストラッカ社長が「その優れものが禁止になる」と聞かされたのは、今年の「全英オープン」(7月19~22日)直前だったそうだ。「禁止」と言っても、選手やキャディが肉眼で見て書き記すレベルの「記録帳」であれば使用OKとのこと。だが、機械で計測して作っている昨今のハイレベルなグリーンブックは使用を禁止することになるのだ、と。

「一体、なぜですか?」

 ストラッカ社長がすぐさまUSGAにその理由を尋ねると、USGAの返答は、こうだった。

「グリーンの傾斜やラインを自分の経験と目視で読むことは、ゴルファーに求められる基本的なスキルであるべき。わずかな傾斜を自分で感じ取り、判断を下すことは、ゴルファーの能力の1つであるべき。グリーンブックが提供している情報は、あまりにも高度で詳細すぎて、ゴルファーの能力が競われていない」

 人間の五感、経験値から生まれる第六感。それをいかに活かし、いかに戦うか――。

 それこそがゴルフの本来の姿であるべきだが、グリーンブックという高度な人為がそんなゴルフの本質を超越させてしまっている。それが、USGAとR&Aがグリーンブック禁止を提言した理由だ。

日本ではまだ

 ところで、2000年から2009年まで米ツアーに参戦していた丸山茂樹のバッグを担ぎ、近年は日本のテレビ中継でゴルフ解説者として活躍している杉澤伸章氏が、こんな話をしてくれた。

「僕がアメリカで丸山さんのキャディをしていたころは、まだ米ツアーにグリーンブックはなかった。だから僕はいつもコースを歩いて回り、建築家がバランスをチェックするときに使う砂の入った道具を自分なりに工夫して使いながら、自分でグリーンの傾斜を測り、それを書き込んでグリーンブックを手作りしていましたけど、機械で測る最近のグリーンブックの細かさにはびっくりしました。日本には、まだそこまでのグリーンブックはないし、その存在すら、あまり知られていないけど、最近はアメリカでグリーンブックを見た何人かのキャディが自分たちで手作りしてツアーで広めようとしているみたいです」

 その手作りグリーンブックを日本ツアーの会場で販売しようとしたら、グリーンブック自体ではなく「販売行為」が日本ツアーから咎められたという話も耳にしたが、こちらもアンチョコの話ゆえ、正確な現状はなかなか把握できない。

禁止しても変わらない!?

 日本の現状はさておき、米ツアーでグリーンブックが禁止されたら、どうなるのかが何より気になる。グリーンブックに頼り切ってきた選手たちがグリーン上で苦戦する場面が増えることになるのだろうか?

 米ツアーで、かつては全米プロ覇者リッチ・ビームなどのキャディを務め、現在は米スポーツ専門ニュースサイト『ESPN.com』で記事を書いているマイケル・コリンズ記者は、こう見る。

「米ツアー選手が1ピン(2.5メートル)以内のパットを決める確率はほぼ50%で、この数字は、この25年間ずっと変わっていない。グリーンブックがなかった10年以上前も、グリーンブックに頼っている近年も、この数字が変わらないのだから、今後グリーンブックが禁止されても、おそらくパットの成否は変わらない」

 それならば、なぜ選手もキャディも動揺しているのか。コリンズ記者いわく、「選手たちは頼るものが欲しくてグリーンブックを見ているだけ。メンタル的な作用にすぎず、グリーンブックがなくなっても物理的な変化は起こらないと思う」。

 一方、ストラッカ社長の意見は辛辣だ。

「USGAは肉眼でわかる範囲の傾斜を記したものなら使用可能と言って、サンプルを作ったが、そのサンプルには、肉眼ではわからない数字が含まれていた。それぐらい、使用がOKかNGかの判断は難しいのだから、今後、選手やキャディが手にしているものがルール違反かどうかで混乱が起こり、ドロドロ状態になる」

 とはいえ、ストラッカ社長は、グリーンブックが禁止になっても、現在作成しているものと同レベルのグリーンブックを作り続け、その一方で、USGAが示しているようなレベルを下げた「使用OKのグリーンブック」も作って、両方を提供するつもりだという。

「どちらを選び、どう使うかは、プレーヤー次第です」

 アンチョコ禁止がプロゴルフ界を揺らし続けるとしたら、なんとも妙な話である。使用禁止のアンチョコと使用OKのアンチョコ、どちらを選ぶかという問題ではなく、議論すべきはアンチョコの存在自体ではないかと思えてならない。

 用具も練習環境も恵まれすぎている現代のプレーヤーたちは、頼るべきものに対する感覚がズレてしまっているということなのか。少々考えさせられる現象である。

 9日(木)からは、いよいよ今季メジャー最終戦「全米プロゴルフ選手権」が開幕する。観戦者としては、アンチョコより五感と経験を生かした戦いを見たいところだ。

舩越園子
在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。

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Foresight 2018年8月8日掲載

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