「遺伝子組み換え漬け」のアメリカ農業は脅威なのか? 「過大に見積もられている」との声

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 アメリカが巨大な農業国であることは間違いがない。

 日本でTPP(環太平洋経済連携協定)を巡る論争が続いていた際、最大の焦点となっていたのは農業分野だった。日本の世論の中には「TPPを結べば、農業規模が圧倒的に大きい米国の農産物が大量に流入する。そうなったら日本の農業はひとたまりもない」との懸念があった。TPP推進派も含めて、この「強力な農業大国アメリカ」のイメージは、多くの日本人が共有していたものだろう。

 しかし、これは本当なのだろうか。時事通信記者で、米国農業の中心であるシカゴに今年2月まで4年間駐在した菅正治氏の著書、『本当はダメなアメリカ農業』には、そうしたイメージとはかけ離れたアメリカ農業の姿が描かれている。

 菅氏はこう述べる。

「TPPそのものや、その中での最大の『脅威』とされた米国農業は『平成の黒船』と評されることがありました。しかし、実際に見てみると黒船は穴だらけ。優雅な航海など望むべくもない。アメリカ農業は日本で過大に見積もられている気がします」

小麦畑が減り続ける理由

 菅氏によると、「アメリカの農業問題は、規模が大きすぎるが故にやっかい」だが、その典型は米国の遺伝子組み換え作物とオーガニック(有機)食品を巡る状況だろう。

 日本の消費者と同じように、米国の消費者もオーガニック食品を求める傾向が年々強まっている。2016年の米国でのオーガニック商品の売上高は470億ドルと史上最高を更新し、全食品に占める割合も5・3%と初めて5%を超えた(OTA=アメリカ有機取引協会調べ)。

 だが、当のアメリカ農業は「遺伝子組み換え漬け」である。
 アメリカの三大作物は従来、「大豆、トウモロコシ、小麦」とされてきたが、このうち大豆とトウモロコシは9割以上が遺伝子組み換えだ。これらの大半は、家畜の飼料や加工食品、バイオエネルギーの原料になる。
 一方、パンやパスタなどの形で直接消費者の口に入る小麦では、遺伝子組み換えが認められていない。皮肉なことに「遺伝子組み換えで生産性を上げられないから小麦はやめる」と決断する農家が続出し、小麦農家は減少する一方だ。

 作付面積(2017年)で見ると、大豆が9010万エーカー(3646万ヘクタール)、トウモロコシが9020万エーカー(3650万ヘクタール)と、それぞれ日本の国土面積(3779万ヘクタール)に匹敵する規模だ。
 ところが小麦は年々減少が続いており、2017年には4600万エーカー(1861万ヘクタール)と、大豆やトウモロコシの半分の規模にまで落ち込んでしまったのだ。遺伝子組み換えの認められていない小麦は事実上、「三大作物」の座から脱落してしまっている。

 そんな状況のため、農業大国でありながら消費者の望むオーガニック食品については「輸入頼み」という倒錯した状況に陥っている。アメリカは大豆とトウモロコシの世界最大の生産国だが、オーガニックについて言うと大豆の8割、トウモロコシの5割は輸入に頼っているのだ。

「そんなに消費者の需要があるなら、遺伝子組み換えをやめて有機栽培に切り替えればいいのでは?」と思うかも知れないが、これが難しい。
 農務省からオーガニック認定を受けるには、最低でも3年の移行期間を経なければならないのを始め、クリアしなければならない条件がいろいろあるからだ。加えて、従来の「遺伝子組み換えありき」で組み立ててきた農業のプロセスも大きく変えねばならないので、ほとんどの農家が様子見を決め込んでしまうのも無理からぬところがある。

除草剤と遺伝子組み換えのセット販売

『本当はダメなアメリカ農業』によれば、近年のアメリカ農業では、除草剤を使いすぎたことで、除草剤耐性を獲得した「スーパー雑草」が登場し、農家を悩ませているという。

 スーパー雑草に対し、ダウ・ケミカルやモンサントなどの種子・農薬業界の大手企業は、スーパー雑草を枯れさせることのできるさらに強力な除草剤と、その薬でも枯れない新しい遺伝子組み換え品種を開発し、それをセット販売する戦略で対応してきた。

 畑に除草剤を散布すると、周辺の農家にも飛散する。すると、農薬耐性を持たない作物を育てている農家の作物は枯れてしまう。農家の間ではトラブルも相次ぎ、2016年10月には殺人事件も起きた。近くの農家が使ったモンサント製の新除草剤「ジカンバ」が自らの農地に飛散し、作物が枯れたことに抗議に行った農民が、逆に射殺されてしまったのである。

 こういう状況では、「自分だけオーガニックに舵を切る」という決断はしにくい。周辺農家が除草剤をまき続ける中、オーガニックに切り替えた自分の畑だけ全滅、などということにもなりかねないのだから。
 かくして、オーガニック需要に対して供給がなかなか増えないミスマッチは拡大するばかり。「黒船」の方向転換は、かくも難しいものなのだ。

デイリー新潮編集部

2018年6月20日掲載

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