占領地での戦費は軍票で調達された

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 第2次世界大戦が進行するにつれて、占領地域において使用される戦費の割合は増大していった。これを賄うため、旧日本軍はアジアの占領地域で軍票を用いて戦費調達を行った。

 軍票は、軍隊が現地における物資調達やその他の支払いのために発行する擬似紙幣である。正式には軍用手票と言われる。

 占領地で自国通貨を使用すると通貨供給量が増加し、インフレーションがもたらされる恐れがある。これを防ぐため、占領地の経済を本国経済から切り離す目的で軍票が用いられる。

 これについて『昭和財政史』(第4巻)は、つぎのように説明している(p368)。

 太平洋戦争への突入後、昭和十七年から臨時軍事費の予算は急角度で膨張をはじめ、しかもその支払額のうち占領地域において使用される戦費の割合は、増大していった。このような占領地における戦費支払の増大は、国債の発行をいよいよ増加させ国内のインフレをいっそう促進させるおそれがあったので、国債の新規発行額を抑制する必要から、国債の発行に代って(軍票が用いられた)。

 発行の仕組みはやや複雑だ。『昭和財政史』の説明(p368)を要約すれば、つぎのとおりだ

 まず、占領地における現地金融機関が紙幣を発行する。現地金融機関とは、朝鮮銀行、横浜正金銀行、南方開発金庫等である。また間接的には中国聯合準備銀行、中央儲備銀行、満州中央銀行、さらに印度支那銀行、タイ国銀行等 も含まれる。

 その紙幣を、外資金庫、 横浜正金銀行、 日本銀行が借り入れ、さらに、それを臨時軍事費特別会計が借り入れて支出する(外資金庫については後述)。

 結局のところ、臨時軍事費特別会計が借入証書を発行して現地で資材や労務を調達したのと同じことになる。借用証ではなく紙幣の形をとっており、転々流通するところが違う。

 南方開発金庫は、政府出資で1942年3月に設立された金融機関で、日本占領下の東南アジアにおいて、事実上の中央銀行として活動した(1945年解散)。発券機能を持ち、「南発券」を発行した。地域別に軍票を出すと不都合が生じるため、統一した貨幣が必要だったからだ。しかし、実質は従来の軍票と変わらないものだった。中国や香港では「円軍票」が使われたが、東南アジアでは現地通貨の表示とされた。

 軍票は裏付けのない通貨なので、アジアの占領地域では、日本国内をはるかに上回るインフレが発生した。

『昭和財政史』は、これは 実質的には軍票的紙幣の発行制度であったとして、つぎのように述べている。

 現地通貨による借入金はいずれも、 実質的に軍票と変らない現地円系通貨のための借入金であり、 現地におけ る日本金融機関の発券機能を通じての軍需要の充足であって、 実質的には、陸軍で言っていたように「 外国資源 の獲得使用 」にほかならない(p176)。

 この制度による借入額は、表1に示す通りであり、合計で約427億円だ。

軍票は回収されなかった

 軍票は戦争が終われば、本来の通貨と交換すべきものだ。

実際、日清戦争からシベリア出兵までの期間で日本軍が発行した軍票は、ほぼ全額が回収された。

 しかし、第2次世界大戦の軍票に対する日本政府の支払い義務については、敗戦後、連合国総司令部(GHQ)最高司令官マッカ-サ-の覚書に基づいて、大蔵省が、一切の軍票及び占領地通貨は無効とする旨の声明を出した。

 さらに、連合国がサンフランシスコ講和条約で請求権を放棄した。このため、回収されずに終わった。

 これだけでも奇奇怪怪だが、『昭和財政史』にはもっと奇怪なことが書いてある(p178)。

(表1に示してある借入金は)いずれも軍票ないし軍票類似の現地円系通貨を発行するための借入金であるが、しかしそれら軍票ないし軍票類似の現地円系通貨の発行がすベて現地通貨借入金として処理されたわけではない。 とくに聯銀券、儲備券、南発券についての借入金が二十年度に計上されなくなったことからもそれは知られるであろう。二十年三月以後はすべて外資金庫への払込金として処理され、 臨時軍事費特別会計からは姿を消してしまったのである。

「姿を消してしまった」とは、一体いかなることか? これについては、次回に述べる。

野口悠紀雄
1940年東京生まれ。東京大学工学部卒業後、大蔵省入省。1972年エール大学Ph.D.(経済学博士号)取得。一橋大学教授、東京大学教授などを経て、現在、早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問、一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論。1992年に『バブルの経済学』(日本経済新聞社)で吉野作造賞。ミリオンセラーとなった『「超」整理法』(中公新書)ほか『戦後日本経済史』(新潮社)、『数字は武器になる』(同)、『ブロックチェーン革命』(日本経済新聞社)など著書多数。公式ホームページ『野口悠紀雄Online』【http://www.noguchi.co.jp

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