北朝鮮漂着船に「日本潜入」の証拠が残されていた 山田吉彦氏が解説

国際 韓国・北朝鮮

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 北朝鮮から流れ着いたと思われる漂着船。その船は、エンジンを取り外し、沈没しないよう細工が施されており、漁業の形跡はまったくない。いったいこれは何を意味するのか――。東海大学教授の山田吉彦氏がその意味を解説する。(以下、「新潮45」2018年6月号より抜粋、引用)
 
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漂着船に残された証拠

 初夏の日本海は、遥か遠くに見える水平線まで青いカーペットを敷き詰めたように穏やかな平面が続く。この海原の向こうには、謎の国・北朝鮮がある。近年、かの国から数多くの小型の木造漁船が日本海沿岸に漂着している。2016年は66件、17年は104件にまで増加し、今年は4月までに40件ほど木造小型漁船もしくは船の残骸の漂着が報告されている。

 4月中旬、これらの船の実態調査に石川県志賀町、能登町、加賀市橋立海岸の3カ所へ赴いて、漂着後放置されている4隻の漁船を検分した。実際に漂着した船を詳細に調べると、それらが単なる漁船ではないことが確信できた。南北首脳会談を行い、平和を口にする金正恩委員長だが、日本に対して見えない侵攻を進めているかのようで、まったく気を許すことはできない。

 北朝鮮は、かつて日本の沿岸に船で忍び寄り、工作員を上陸させ、生身の人間を拉致した恐怖の国である。北朝鮮漁船の漂着場所の多く――特に能登半島は、工作船の侵入、拉致事件の発生地点と重なる。

 志賀町は、北上してきた対馬海流が能登半島にぶつかる地点で、漂流した船が海流に乗って流れ着く場所である。今年に入り、志賀町にはすでに8隻もの漂着船が流れ着いている。その内の1隻に、北朝鮮が意図的に日本沿岸に漁船を漂着させている決定的な証拠が残されていた。

 今年2月、志賀町の灯台下の岩場に、北朝鮮漁船と思われるナンバーが書かれた長さ約12メートルの船が乗り上げているのが発見された。船内を見ると、丁寧にエンジンを外していた形跡があり、さらにエンジンとスクリューとを結ぶシャフトを通すパイプには布が丸めて詰められていた。これは、パイプから海水が流入してくることを防ぐための措置である。

 漁撈中もしくは航行中にエンジンが壊れたとしたら、スクリューとシャフトを外すためには、水中に入って作業を行わなければならない。だから、船は漂流する前からエンジンとスクリューが取り外されていたと考えるのが妥当だ。また、船内には漁具などの網や船員が使う日常品など漁業をしていた形跡がまったくない。言うなれば、漂着することを目的として送り出された船なのである。

 また、その船から200メートルほど離れた海岸に打ち上げられた長さ5メートルほどの小船は、ほぼ原形をとどめていた。船底が平らで、船体後部に着脱式のエンジンを付ける構造だが、エンジンはなかった。大きさ、船型から考えると海岸から見える距離のせいぜい5キロ程度の海域内で操業する漁船である。舷が低く、波の高さが50センチもあると船内に海水が入り沈没するだろう。

 能登町赤崎地区に流れ着いた漁船は、長さ5メートル程度の船体で船底に平らな板が張ってある平底型の小船である。流れ着いていたところを4月17日に発見されたものであるが、エンジンは見つかっていない。漂流前から取り外されていた可能性が高い。志賀町に漂着した小型漁船よりさらに小さいが、ほぼ無傷で流れ着いていた。船体の様子から見ると、穏やかな海域を数日しか漂流していないように見受けられた。沿岸まで他船に曳航されてきた可能性も考えられる。仮に遭難して漂流したとしても、壊れることなく、日本に流れ着くことができるような船ではない。

 これら3隻の船は、漂流を始めた時にはエンジンもスクリューも取り外されていたのであり、漁船が操業中に遭難したのではない。故意に漂流させられていた可能性が極めて高いのである。(中略)

漂着実験の可能性

 2016年までの漂着船と2017年以降の漂着船には、漂着の実態に大きな違いがある。

 2016年には漂着船内に生存者は一人もいなかったのに対し、2017年は42人が生きたまま見つかっている。秋田県の由利本荘には8人、北海道の松前小島には10人が上陸している。

 また、2018年に入り漂着した船は、全長10メートル以下の小型船が中心であり、それも多くが原型をとどめているのが特徴である。

 おそらく、2016年までの漂着漁船は、無謀な出漁を余儀なくされ、単純に遭難したものなのであろう。だが2017年以降は、日本の沿岸に接近、もしくは上陸する意図を持っての偽装漂流のものも混じっているとしか考えられない。

 2017年11月末に由利本荘に漂着した船は、エンジン故障で1カ月近く漂流していたと証言している。だが、11月中旬の日本海、特に日本近海は波高6メートルを超える大荒れの天候となり、エンジンが壊れ、推進能力を持たない漁船なら沈没は避けられないだろう。恐らく、虚偽の証言をしたのである。実際は、数日前に北朝鮮を出港したか、推進能力があり、日本沿岸の入り江や島陰に退避していたと考えられる。

 漂流船は、石油不足に悩む北朝鮮が、燃料を節約して日本へ侵入する実験をしていたものとも考えられる。

 北朝鮮の石油不足は深刻である。2016年の北朝鮮の原油及び石油精製品の輸入量は約130万キロリットルと推定される。日本の石油輸入量は、年間1億8千万キロリットルほどであり、日本人が1日に消費する石油の量は約50万キロリットルである。

 北朝鮮は、核開発および大陸間弾道弾の開発に対する国連安全保障理事会の制裁措置の決議により石油の輸入が規制され、2017年の石油類の輸入量は約70万キロリットルにまで減少したようだ。密輸も合わせ、年間100万キロリットルほどの石油しか入手できていないだろう。

 日本人が2日間で使う石油量で国家を1年間維持しなければならないのである。このままでは到底、朝鮮人民軍を維持することはできない。そこで石油が不足していても、船を軍事的な行動に利用する方法として、風や波、海流を使うことを方法を考えても不思議でないのだ。

 南北首脳会談、米朝首脳会談が成功しなかった場合や朝鮮半島有事勃発に備え、日本への侵入を想定していたとしても荒唐無稽な話ではないのである。

 北朝鮮の日本海側の港には、100トン級の漁船が約30隻ほどあり、前述のように12メートル以上の漁船が300隻から400隻ほどある。また、それ以下の大きさの漁船は、3000隻ほどあり、合わせて最大10万人ほどを海上に送り出すことができると推定される。この漁船に北朝鮮の軍人もしくは朝鮮半島から脱出させる避難民を乗せ、風等の情況をみて日本に向けて出航さる。半数が生きて日本の沿岸にたどり着いたとしても、5万人ほどの北朝鮮人が日本に上陸することになる。

 沿岸部の集落は流入民により占拠されることになるだろう。移民政策、難民政策を持たない日本では、パニックを起こすことになりかねない。

 北朝鮮は予測不能な国である。こうした事態を十分に警戒しなければならないのだ。(中略)

密入国者は存在する

 今年2月に加賀市橋立海岸に漂着した漁船は、長さ18メートル、壁紙が張られた船員の居住空間があり、船内にはエンジンの残骸、カニ漁に使う籠、甲板には水中に落とした網や籠を巻き上げるための発動機が残されていた。乗船員は行方不明である。

 まずこの船を見て、転覆した形跡はないものの、船内に船員の姿も遺体もないことに不自然さを感じた。転覆したのであれば、乗員が海に投げ出された可能性もあるから、船内に遺体が残らなくても不自然ではない。しかしこの船は、漁民が乗船していた生活痕が残っている。それなのに姿がない。

 今年1月に金沢市の安原海岸に漂着した木造船内で7遺体が発見されたように、単に漂流したのであれば、居住空間に遺体が残るはずである。志賀町、能登町に漂着した小型漁船も含め、北朝鮮人が密入国している可能性は否定できない。工作員が上陸したとは考えにくいが、日本において何らかの新たな活動を開始していても不思議ではない。

 今後は、大和堆における北朝鮮漁船の密漁を阻止するとともに、漂流船の動向を厳重に監視する必要があるだろう。北朝鮮人の上陸には、徹底した対処が必要である。

 そのためには、海上警備にあたる海上保安庁、陸上で対処する各都道府県警、そして、もしもの場合に備える自衛隊の協力関係、指揮系統の確認を怠ってはならない。さらに、漁民を始めとした民間人の協力体制を構築し、日本の広大な海域と海岸線を守る体制を作るべきである。

 北朝鮮が完全に核を放棄せず、安定した国家にならない場合には、北西風に乗り、大漁船団が日本沿岸に押し寄せる事態を想定しておかなければならないだろう。日本がいつまでも、穏やかな青い海に囲まれた国でいられる保証はない。備えあれば憂いなしの言葉を忘れてはならないのだ。

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 全文は「新潮45」2018年6月号に掲載。北朝鮮の漂着船について8ページにわたり詳しく論じる。

山田吉彦(やまだ・よしひこ) 東海大学教授。1962年千葉県生まれ。学習院大学卒。経済学博士(埼玉大学)。国家基本問題研究所理事。海洋政策が専門で主著に『日本の国境』『日本は世界4位の海洋大国』『国境の人びと』など。

新潮45 2018年6月号掲載

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