林芙美子が贔屓にした「文化人のサロン」となった宿 文豪が愛した温泉宿

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女将との仲

 いったいなぜか。その理由を、女将の小林美知子さん(67)が語ってくれた。

「創業者・小林民作の長女で、当時の女将だった小林マツの存在が大きかったのではないでしょうか」

 美知子女将が見せてくれた2人の写真にその答えがあった。やわらかい表情で炬燵に入る芙美子とマツさんの姿から、その関係性がひしひしと伝わってくる。

「林さんより女将のマツが少し年上でして、姉妹のように仲が良かったと聞いています。マツに息子を預けた林さんは、2階の客室『二人静』に入られて原稿に没頭する。書き疲れると下りてきて、マツと一緒に居間で煙草をふかしたそうです。当時、町に一軒だけのパチンコ屋に出かけては、2台しかないパチンコ台を占領して打ったそうですし、2人で風呂に入って長話をしたり、時には歌声が聞こえてきたこともあったと聞いています」(同)

 源泉をそのままに、ピュアな状態で注ぐのが宿の自慢だが、風呂から上がれば信州の山間は肌寒い。湯冷めを心配してか、芙美子とマツさんの親密ぶりは、こんな気遣いからもうかがい知れる。

「マツは、林さんのために綿入りの着物まで手作りで縫ったようです」

 と、美知子女将は芙美子の着た綿入りの他に、絣柄(かすりがら)の着物も見せてくれた。

「深夜まで原稿書きが続く時は、鶏すきや根菜をやわらかく煮込んだすいとんをこしらえて、胃もたれしないようにと、りんごのすりおろしも作って部屋まで持っていったそうですよ」

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